Vol.21 | 高瀬アキ@アクバンク・ジャズ祭2009
Aki Takase @Akbank Jazz Festival 2009
(C)2012 横井一江 Kazue Yokoi

 ファッツ・ウォーラーという名前を聞いた時、あなたはどのようなキャラクターを思い浮かべるだろうか。
 <ハニーサックル・ローズ>や<エイント・ミスビヘイヴン(浮気はやめた)>などの作曲者?あるいは戦前のアメリカのエンターテイナー?それともジャズ・カートゥーンでピアノを弾き、歌うカエルのキャラクターのモデル?
 ファッツ・ウォーラーが書いた曲は全部で400曲以上あるという。アンディ・ラザフとのコンビで作り、ヒットさせた曲の幾つかは、彼自身の演奏は聞いたことがない人でも耳にしているに違いない。また、目をくりくりさせながら、愉快なおしゃべりを交えて、ピアノの弾き語りで歌うふとっちょの姿は、まさに古き良き時代のエンターテイナーだ。スタッズ・ターケルは『ジャズの巨人たち』(諸岡敏行訳、青土社)にこう書いている。

 「小象のような体躯で、いたずら好きな森の妖精のようにピアノを弾いた。ときには鼻にかかる悪声でうたって、客を喜ばせた。どんなポップ曲でも、退屈な詞やばかげた詞を変えながら笑いの芸術にした。“ほんと、のんきなカエルみたいだな”客は声に出して感心した」

 しかし、ターケルはこうも書いている。

 「ウォーラーの表向きの魅力はよく知られていた。しかしシリアスな芸術家だとは理解されていなかった。どんなに音楽市場で成功しても、学ぶことをやめなかった。人気の頂点にあったとき、時間をつくってはカール・ベーム教授やレオポルド・ゴドフスキーのもとで和声を勉強した。バッハのレコードの大コレクションは増えつづけた。リンカーンは別として、だれよりもヨハン・セバスティアン・バッハにあこがれた。家では午前中ずっとオルガンでバッハの作品を弾いた。ひとのためにじゃなく、自分だけのために」

 そう。ファッツ・ウォーラーの卓越したエンターテイナーぶりについてはつとに知られるが、彼をシリアスな芸術家と捉え、その文脈で書かれた文章を読んだ記憶はあまりない。だが、ファッツ・ウォーラーのそういう側面に着目した音楽家がいる。高瀬アキである。約8年前、彼女は『アキ・タカセ・プレイズ・ファッツ・ウォーラー』(enja)というアルバムを発表した。そのアルバムは評判がよく、ドイツの2004年度批評家賞ジャズ部門年間ベスト・レコード賞を受賞する。
 二人のファッツの分身がこのバンドにいることに気がついたのは、ベルリン・ジャズ祭のステージを見た時だった。一人は言うまでもなく高瀬アキ、編曲だけではなく、ストライドからフリーまで変幻自在なピアノでも聴かせる。そして、即興系ミュージシャンとの共演で知られるユージン・チャドボーンは、詞をちょっといじって笑いをとったり、ウィットとユーモアに富んだ唄で楽しませる。シリアスな音楽家、ピアニストとしてのファッツ・ウォーラーを高瀬が、エンターテイナーとしての側面をチャドボーンが担っているのだ。そして、客席に伝わってくるスウィング感、聴衆のノリがこちらにも伝わってくるにつれて、ジャズエイジの頃のベルリン、ヴァルター・ルットマンの映画『伯林-大都会交響楽』にあったような光景、チャールストンを踊る人々やベルリン子のナハト・レーベン(夜の生活)と現在が重なって見えるような不思議な気分になったのである。
 このバンドは息が長く、その後もずっと年に数回公演を行っている。その度に、ベルリン、オーストリア、スイス、アメリカと異なった地域に住むメンバー(高瀬アキ、ユージン・チャドボーン、ルディ・マハール、ニルス・ヴォグラム、ポール・ローヴェンス)が集合する。彼らと再会したのは2009年イスタンブルのアクバンク・ジャズ祭だった。次の公演場所であるマケドニアのスコピエ・ジャズ祭にも同行。約5年ぶりに見たのだが、バンドとしてステップ・アップ、ことのほか楽しいステージで、まんまるい顔をしたファッツ・ウォーラーも天国でにんまり笑っているように思えた。ウィットとユーモアがある極上のエンターテインメント、まさにそれを堪能したのである。

 

 このプロジェクトを始めて間もない頃、高瀬が「ファッツ・ウォーラーの作品を題材として編曲やアンサンブルしていく段階で、これらジャズの伝統をどう料理していくかにも、凄いスリルがある」と語っていたのが記憶に残っている。そしてもうひとつ、「ファッツ・ウォーラーの作品を通してデューク・エリントンが聞こえてくる。そして、そこにはセロニアス・モンクやハービー・ニコルスなどに繋がっていくジャズのイディオム、フレーズの基があると思う」とも言っていた。それは具体的にどういうことなのだろう。後に再び聞いてみた。

 「エリントンは、AABAから成り立つオーソドックスなスタンダード・ジャズ形式の曲を沢山書いている。 U―X―T、つまりサブドミナント、ドミナント、トニックの組み合わせから成るもので、ファッツ・ウォーラーの作品にも多くある。エリントンの書いた曲には、ウォーラーのアドリブのメロディにおけるフレージングや作品のテーマのフラグメントに影響受けたと思われるもの、類似したものを感じる。また、リズムにおけるアプローチ、アーティキュレーション、アクセントなども時によく似ていると思う。エリントンはウォーラーに影響を受けたが、その逆もあった可能性もある。時代的に見て、お互いが影響を受け合ったというのが本当かもしれない」

 彼女がそう言った時、ハーレムの黒人文化の中で熟成されたジャズの音楽的な発展が見えたような気がした。それは、ストライド・ピアノの巨匠ジェームス・P・ジョンソンからファッツ・ウォーラー、そしてデューク・エリントンと続くピアニスト・作曲家の系譜である。それはまたモンクやニコルスまでが繋がっていくのではないか、と。
 ファッツ・ウォーラーはまた希代のインプロヴァイザーだった。そういうと怪訝な顔をされるかもしれない。その生の演奏はすごかったという。ビリー・テイラーも「ファッツ・ウォーラーは、主として独奏あるいは小グループとの共演の中でインプロヴィゼーションを育てた」と『ジャズ・ピアノの歴史』(古屋直己訳、音楽之友社)に書いているくらいだ。ファッツ・ウォーラーの演奏が録音されたのは1920年代終わりから1940年代にかけてだから、レコードでの即興演奏部分は決して長くはないが、おおらかで自由な気分を感じる。それゆえに、現代に生きる演奏家のプレイとのハイブリッドが可能であり、現代の聴き手もまた大いに楽しませることができるのだろう。
 高瀬はまた「即興の凝縮されたものが結果として作品、作曲となっているように思う。その一例が<ハンドフル・オブ・キイズ>だ」と言っている。そして、例えば<ヴァイパーズ・ドラッグ>のように、「作品の中に沢山の部屋があるように、幾つものフレーズの展開があるため、編曲するうえでそれらを更に発展させ、自由に即興を繰り広げることが出来るということと、彼のおおらかさが、より新しい音へ繋がる橋を私自身でも作ってみたいと思わせる」とも。
 このバンドにはひと癖もふた癖もあるメンバーが顔を揃えている。即興音楽や現代的なジャズを演奏する面々が、作品の中にある部屋から時には飛び出したり、自由にインプロヴァイズできるのもファッツ・ウォーラー作品の中に隠されている即興演奏に繋がっていくドアがあるからであり、高瀬の編曲があればこそなのだ。

 2012年3月にリリースされた高瀬の新譜は『ニュー・ブルース』(enja)。このバンドでの約8年ぶりの録音だ。『ニュー・ブルース』では、ファッツ・ウォーラー作品だけではなく高瀬のオリジナルやジェリー・ロール・モートンの作品も取り上げ、1920年代からのジャズの伝統から汲み取られたエッセンスを現代の音として聴かせてくれる。高瀬の作編曲の才と個の裁量を生かすおおらかな采配が、メンバーの個性を生き生きと引き出す。ジャズはかくも楽しく、自由な音楽なのである。

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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