Vol.23 | バリー・ガイ ロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ@ベルリン・ジャズ祭1998
Barry Guy London Jazz Composers’ Orchestra @JazzFest Berlin 1998
(C)2012 横井一江 Kazue Yokoi

 ロンドンのソーホーにロニー・スコッツという老舗ジャズクラブがある。イギリスでいちはやくビバップを演奏したテナー・サックス奏者ロニー・スコットが、友人のテナー・サックス奏者ピート・キングと1959年にオープンしたジャズクラブだ。60年代に入ってから現在に至るまで、アメリカの大物ジャズメンも多く演奏しており、観光ガイドに必ず載っている有名ジャズクラブである。だが、70年頃の一時期フリージャズの一歩先を行こうとしていた若手ミュージシャンがそこに定期的に集っていたのはほとんど知られていない。
 60年代後半ロンドンにはフリー系ミュージシャンが集まる場が複数あった。ひとつはウエストエンドにあった小劇場リトル・シアター・クラブ(LTC)で、ジョン・スティーブンスのスポンテニアス・ミュージック・アンサンブルやその周辺のミュージシャンが終演後の小劇場で夜遅い時間に演奏していた。もうひとつはロニー・スコッツのオールド・プレイス。ロニー・スコッツは、新しい場所(ニュー・プレイス)に店を引っ越すにあたって、契約期間満了まで元の場所(オールド・プレイス)でも営業していたのである。そこで演奏していたミュージシャンは、LTCに集っていたミュージシャンとは違って、もっとジャズ寄りの演奏をするミュージシャン達だった。
 その頃、LTC周辺のミュージシャンによってミュージシャンズ・コープが作られた。トニー・オクスレー、デレク・ベイリー、エヴァン・パーカー、ポール・ラザフォード、ハワード・ライリーなどのミュージシャンである。ロニー・スコッツには、ハウス・ミュージシャンがいて、アメリカ人ミュージシャンが単身でやってきたなど、リズム・セクションやバンドを伴わずにツアーするソリストのバックを務めていた。当時ハウス・ドラマーだったトニー・オクスレーの働きかけもあって、ロニー・スコッツ・ニュー・プレイスで、日曜日の夕方に彼らは演奏する機会を得る。ハワード・ライリー・トリオ、イスクラ1903といった様々なグループが生まれた。そこからロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ(LJCO)が誕生するのである。

 バリー・ガイは言う。
 「私はそれら(ハワード・ライリー・トリオ、イスクラ1903といった様々なグループ)を集めてひとつのバンドにしようと思った。それがロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ。LJCOが初めて演奏したのは1970年。録音したのと同じ曲<オード>を演奏した。LJCOには指揮者が必要なので、作曲の先生のバクストン・オーアに頼んだ。LTCで演奏していたフリー・ミュージックには指揮者はいなかったし、みんな譜面を嫌っていた。指揮者も。口論になったりしてね...。デレクは本当に嫌っていて、早々に離れたよ。オクスレーは不快感を露わにするし。これは難しいプロジェクトだったんだ。外にも幾つかのコンサートを行ったよ。
ファースト・アルバム(『オード』)、ロンドンのバッハ・フェスティヴァルのライヴ録音をインカスから出せたのはラッキーだった。コンサートを開催するためのお金やリハーサルのことで手一杯。その後の録音までは無理だった。私はバロック音楽をやっていたし、他の仕事もあってなかなか出来なかった。
(その後)音楽言語を拡大することを考えて、アカデミックな手法も取り入れたけれども、トニー・オクスレー、ポール・ラザフォードなんかはそういうのは好きではなかった。じゃあ、自分で書け、ということで書かせたりもした」

 名前から想像がつくように、ロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラはカーラ・ブレイとマイケル・マントラーのジャズ・コンポーザーズ・オーケストラ(JCO)に触発されて出来たオーケストラだった。JCOもLJCOもミュージシャンによる自主組織から誕生したオーケストラという共通点があり、音楽的志向も近い。実際、バリー・ガイはJCOとの共演を夢見たという。しかし、ひとつ大きな違いがあった。それはJCOには後援組織JCOAがあったが、LJCOはバリー・ガイ個人のオーケストラだったのである。だから、1975年頃に終焉したJCOAと違い、短命に終わったミュージシャンズ・コープが解消された後も、断続的ながらも活動を継続し、ビッグ・バンドでいかに作曲と即興を融合させることを追求できたのかもしれない。

 

 80年代後半にバリー・ガイとLCJOにひとつ転機が訪れた。『チューリッヒ・コンサート』を皮切りにスイスのインタクト・レコードから次々とCDをリリースする。スイス人で自身もバロック・バイオリン奏者である夫人のマヤ・ホンバーガーがマネージャーを務めるようになったこともあるだろう。その活動が以前に増して伝わってきた。単なる偶然かもしれないが、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハがベルリン市からの依頼でベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・オーケストラを組織したのは1987年。また、フランスの国立オーケストラが結成されたのも1986年、イタリアン・インスタビレ・オーケストラが誕生したのが1990年と、1980年代後半から1990年初頭にかけてヨーロッパではコンテンポラリー・ジャズのオーケストラに対する関心が高まっていたように思う。そのようなこともLJCOの活動が活発化した背景にあるのではないのだろうか。
 私がLJCOをベルリン・ジャズ祭で観たのは1998年、ドイツでの公演ということでアクセル・ドゥナーやヨハネス・バウアーを入れた編成だった。その年は「イギリス特集」だったこともあり、3ステージ出演した。まずマリリン・クリスペルをゲストに迎えて、彼女のためにバリー・ガイが書いた三つの短いパート(ハイク(俳句)と呼んでいた)からなるピアノ・コンチェルト<スリーピング・フューリアスリー>を演奏。次のゲストはマギー・ニコルス、彼女の身振りによって指揮される部分とバリー・ガイによって指揮される部分を交錯させ、その中で即興演奏を絡ませた<ストレンジ・ループス>。そして、LJCOのみのセットで<ハーモス>。厚みのあるアンサンブルによる情感あるメロディ、そこにエヴァン・パーカーなど強者のソリストによる即興演奏がちりばめられた見応えのあるステージだった。
 だが、その数年後、東京でバリー・ガイに会った時、10人編成のバンド(バリー・ガイ・ニュー・オーケストラ)での活動を始めた一方で、1998年のベルリン・ジャズ祭以降LJCOは演奏を行っていないことを知る。そこにはやはり経済的な問題があった。多かれ少なかれ公的な援助なしには大きな編成のバンドが公演やツアーを行うことは難しいのである。しかし、彼は言った。「LJCOは死んだわけではないよ。眠っているだけ」

 もはやLJCOは歴史上のオーケストラになったと私も思い始めていた2008年、スイスのシャフハウゼンでのジャズ祭で十年ぶりにLJCOは甦り、ゲストに迎えたイレーネ・シュヴァイツァーとLJCOのために書いた<ラジオ・ロンド>と往年の名曲<ハーモス>を演奏した。バリー・ガイが既にスイスに移住していたこともあって、メンバーの一部は変わったが、名前はロンドン・ジャズ・コンポーザーズ・オーケストラのままだった。
 その後、再びLJCOが公演を行ったという話は聞かない。しかし、2007年のウンエアホェルト!(UNERHORT!)のプログラムとして、バリー・ガイがルツェルンのジャズ・スクールでワークショップを行い、そのビックバンドがLJCOの名曲<ハーモス>を演奏したように、形を変えつつもオーケストラ/ビッグ・バンドにおける作曲と即興に対する試みは続けられ、その遺伝子は次世代に受け継がれていくのだろう。(演奏家、ベース奏者としてのバリー・ガイについては、またの機会に)

参考:LJCOのファースト・アルバム『オード』の再発を含めLJCOの諸作品、またバリー・ガイの様々な録音がスイスのインタクト・レコードからリリースされている。
http://intaktrec.ch/

横井一江:北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。趣味は料理。

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