# 904
『Sara Serpa Quintet/Mobile』
text by 伏谷 佳代
| inner circle music INCM022 |
Sara Serpa(サラ・セルパ; vo)
Andre Matos (アンドレ・マトシュ;acoustic & electric guitar)
Kris Davis (クリス・ディヴィス;pf & fender rhodes)
Ben Street (ベン・ストリート;b)
Ted Poor (テッド・プア;ds)
1. Sequoia Gigantis (『Travels with Charley』-J.Steinbeck)
2. Ulysses’s Costume (『The Odyssey』-Homer)
3. Pilgrimage To Armanath (『An Area of Darkness』-V.S.Naipaul)
4. Ahab’s Lament (『Moby Dick』-H.Melville)
5. If (『Tulips and Chimneys』-E.E.Cummings)
6. Traveling with Kapuszinsky (『The Shadow of the Sun』-R.Kapuscinski)
7. Sem Razao (Alberto Correia, Fernando Farinha)
8. Gold Digging Ants (『Histories』-Herodotus)
9. Corto (『Ballad of the Salt Sea』-H.Pratt)
10. City of Light, City of Darkness (『Gente da Terceira Classe』-Rodrigues Migueis)
録音:2010年6月9日@ブルックリン・レコーディング、 NYC
ミキシング:Pete Rende(ピート・レンデ)
マスタリング:Randy Merrill(ランディ・メリル)、2011年1月@マスターディスク
プロデューサー:サラ・セルパ
形骸化されたジャンルをしなやかに踏み倒すサラのスキャット
「ポルトガルの歌姫」といえばまずアマリア・ロドリゲスが来て、ジャズの文脈に近いところではマリア・ジョアォンが思い浮かぶ。いづれにしても「業が深い、強烈な灰汁」というのが、ポルトガルの女性シンガーたちが半ば被せられてしまう先入観か。コブシの効いたファドの世界を期待されてしまうのが宿命のようでもあり、そこから羽ばたくのは容易ならず-----などと思っていたが、ニューヨークで活躍する1978年生まれのSara Serpa(サラ・セルパ)に至っては、何か異質なものを感じる。その肉声には、高音から低音までのムラのない均質ななめらかさがあり、霧が垂れこめたような半透明でアンニュイな響きは、ボッサ・ノヴァなどにもうってつけだ、とも思う。アルバムを通してヴォイスはスキャットが大半を占めるなか、稀に母国語が立ち現れるとき、その発音はニュートラルなものに矯正されることなく、ごく自然にポルトガルのポルトガル語である。「子音を食う(“comer os sons” コメール・ウズ・ソンシュ)」とも表現される、語末のSが「シュ」と濁りがちなあれである。ファドの世界は、まさしくこの発音を駆使しなければ成立しないものであるのだが、しかしサラの歌から湧き出る詩趣は、ファドではない。英語の歌詞も、ラテン系の人間にありがちな持て余し気味なベトつきもなく、硬質に丁寧に発音される。ポルトガル語圏をはじめとしたさまざまな文化圏の要素を折衷・融合している、と表現されてしまえば簡単だろうが、むしろ、どの要素にも属さずにすり抜ける、風を孕みながらのムーヴメントが強く体感される。タイトル通りの「Mobile」。濃度を落とさずに、雄大な世界地図を俯瞰することに成功している。
ヴォイスもふくめた楽器間の対話は、とりわけ弦楽器において材質の木目が浮き出るかのごとき写実的な自然さに隈取りされる。クインテット編成の個々は、ひとつの有機体として実にまとまりよく、定点をずらしつつ姿を変えてゆく。面相が変わってゆくスリル。はりめぐらされるスキャットは、聴き手が期待するラテン性を弱めているのか強めているのか。すでに述べたように、ファドでもボッサ・ノヴァでもない捉え難き世界には、一貫した濃度がまとわりつく。それらを包み込み、後押しする「コンテンポラリー・ジャズ」とは?-----明答不能な情緒であり、それこそがあらゆる括りは形骸化されたものでしかないと物語る。紛れ込む特定言語も、単純に音のイディオムとして認識される。サラ・セルパは、近年ポルトガル語圏が輩出したジャンル越境的な多くの歌姫のなかにあって、静かではあるがもっともラディカルな地平に足を踏み入れている。「言葉の世界」が時代と言語圏を超え、ひとつの声の音(トーン)として眼下に広がる。軌跡だけで大きな物語世界を点描する。これは楽器で行うよりもはるかに至難の業であろう。
ヴォーカルにのみ傾注したが、各インストゥルメンタリストの充実ぶりにも目を見張る。 ベン・ストリート(b) とテッド・プア (ds)という、至れりつくせりのサポート隊は言うに及ばず、アンドレ・マトシュのギターが醸し出すつまびきの味わい、クリス・ディヴィスのピアノがもつ哀切なる音色の瞬(またた)き-----いずれも非常に肉感的である。それらがヴォイスと交錯するときに、一旦据え置かれたはずのエキゾチックな原風景が図らずも顔を覗かせる。しかし振り返れば、そこにはなだらかに馴らされた今という時制しかないのだが…(*文中敬称略。伏谷 佳代/Kayo Fushiya)。
【関連リンク】
http://www.saraserpa.com/
http://www.krisdavis.net/
http://www.myspace.com/tedpoormusic
http://www.benstreet.net/
http://www.andrematosmusic.com/html/slideshow.php
http://www.innercirclemusic.net/
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