#  916(アーカイヴ篇)

『SZABADOS GYORGY/HOMEKI ZENE(Sand Music)』
text by 岡島豊樹


Adyton 05 CD

SZABADOS GYORGY (piano)
DRESCH MIHALY (soprano sax, bass clarinet, blockflute)
GRENSCO ISTVAN (alto sax)
KOVACS FERENC (trumpet, violin)
BENKO ROBERT (bass, cello)
GEROLY TAMAS (percussion)
LORINSZY ATTILA (bass)
MAKO MIKOS (trumpet)
VASKO ZSOLT (jew’s harp, flute)

1. DAYBREAKS
2. GODS ON THE HORTOBAGY
3. IRON / Homage a Stravinsky
4. FATA MORGANA / Homage a Lutoslawsky
5. GRAZING HORSES / Homage a Kurosawa
6. DEAD BIRD / Homage a Shostakovic
7. STAGNANT WATER / Homage a Bartok
8. SKY / Homage a Hamvas

Recorded live in 1991

 6月はハンガリーのジャズの関係者にとってメモリアルな月のはずだ。かけがえのないジャズ音楽家サバドシュ・ジェルジュ(ピアノ、作曲)が昨年6月10日に急逝してしまった。1939年7月13日生れだから享年72歳だった。サバドシュは「ハンガリーにおけるフリージャズの父」とたたえられる人物である。長い不遇時代にもかかわらず、地道に活動を続けた。この国のジャズ界ではきっと「ジャズ界のバルトーク」みたいな尊敬のされ方をしているんじゃないかなと思う。何か1曲聴いてサバドシュに思いを馳せることにしたい。ここに挙げたCDの中の7曲目「濁った水:バルトークに捧ぐ」に決めた。
 サバドシュは幼少の頃から音楽の才能を示し、特に即興演奏に驚くべきセンスを認められたが、音楽学校〜コンセルヴァトリーのコースを進まず、医学の道を選び、プライヴェートに音楽を学び演奏する中で、ジャズ関係者から独自の存在として認められるようになっていった。ハンガリー革命の頓挫から5年ほど経った1960年代初期からハンガリーではジャズに対する規制が緩まり、国営レコード会社がジャズ・レコード制作に少しずつ手を染め始めていった。東欧社会主義圏ではすでにポーランドがジャズ・レコード制作に並々ならぬ意欲をアピールしていた。独自路線を進もうとしていたユーゴがそれに続こうとしていた。チェコも続いた。すると1964年ハンガリーはLP2枚入りボックスセットでどうだと言わんばかりにアピールした。これは同時代の西側のジャズと比べてもなんら遜色のないモダンジャズが満載のセットだった。ゴンダ・ヤーノシュ、ガライ・アッティラ他、その後名門音大でジャズを指導することになる人物たちの若き日の演奏に混じって、サバドシュのトリオ演奏も1曲収録されている。2枚目の盤のB面の一番最後に置かれている。それもそのはずということか、これだけが異色の演奏である。しかし、ライナーを担当したゴンダは、「変わり種のコール・アンド・レスポンスのような演奏に聞こえるかも知れないが、テンションや沈黙について思考され、直感的に演奏されているのであり、通常とは違う能力が求められている音楽である」と手際よく説明している。ゴンダはその後も常に日の当たる場で活躍し名伯楽とも讃えられる偉い人になった。一方、サバドシュにはその後長らく公的な録音の機会はなく、演奏活動さえも制限されてしまった。いわゆる体制からすればはなはだしい非順応者だったのだろうか? 60年代が進むにつれてハンガリーは、「われわれに反対しない者は味方である」なんてことを首相が宣言してソフトなイメージを打ち出し、制度として検閲は残すがグレーゾーンを広げることもしたが、それでもサバドシュの演奏場所は限られ、大学生が自主的に主催するキャンパス・ライヴが主だったというから、かなりの自由思想を論じたか、よほどの即興演奏をくりかえしたのかもしれない。実際、サバドシュは即興演奏のワークショップを開催し、それは私塾的な場となっていった。そんな中から現代ハンガリー・ジャズ界の大物が何人も育つことになるのである。
 サバドシュは即興演奏を唱えたのみでなく、ジャズの特性として特にポリフォニー、ポリリズム、偶然性を評価し、演奏に取入れた。またフォークロアとその音楽にも深い関心を抱き、研究を進め、特にトランシルヴァニアのフォークロアに傾注したサバドシュは、なるほど、バルトークを尊敬していたという。また、鳥のさえずりや、風にそよぐ木々のざわめき、かすかな湧き水や、鐘の音、さらには伝説、歴史、通過儀礼などなどさまざまなものごとにも触発されて音楽をつくった人であろうと、いくつか録音物を聴けば誰しも感じるだろう。この1991年のコンサート・ライヴ録音でもそうした音楽の一端を聴くことができる。筆者の場合、心の奥深くまで染み込んで、消えそうにないのが「濁った水」である。タイトルと、凛とした静謐感のある演奏から、バルトークの声楽作品「カンタータ・プロファーナ」(1930)を連想しないではいられない。それはトランシルヴァニアのクリスマス民謡(コリンダ)の詩の内容に基づいてバルトーク自らが作詩し、曲を付けた作品である。なんとか縮めて見てもらおう。
 ある猟師の大事な9人の息子たちが森へ狩りに行ったきり帰ってこないので、父親は森へ探しに行った。思えば父は息子たちに狩りのこと以外に何も教えなかった。息子たちは道に迷い、魔法にかかって鹿に変わってしまったのだった。父親は澄んだ泉のほとりに憩う鹿たちを見つけた。父が鹿に照準を定めた時、鹿が、撃たないでと語りかけてきた。それは一番のお気に入りの長男だった。帰ろうと誘う父に、自分達の細い身体は生い茂った木々の間しか歩くことができないし、細い脚では落葉の上しか歩けないし、この口ではグラスから飲むことは出来ず綺麗な泉からしか飲むことができないから帰れないと長男の鹿は答えるのだった。
 サバドシュのワークショップで学び、サバドシュの即興演奏オーケストラMAKUZのメンバーだったいわゆる高弟が揃っているのが、このときのコンサートである。サックス奏者のドレシュ・ミハーイ、グレンチョー・イシュトヴァーン、ヴァイオリンとトランペットのコヴァーチ・フェレンツ他、今では皆それぞれ自由かつ個性的なジャズを展開し、つねに動向が注目されている面々である。長らくハンガリー・ジャズ界の傍流ないし異端的存在だったサバドシュも弟子たちも、体制転換(1989年)が到来したからと言って急にハンガリー・ジャズ界の主流になったとか評価が急上昇したということはない。90年代には、制度変革が相つぎ、民主化進展もあったが百家争鳴はなはだしく、模索期だった。この曲の9人、サバドシュとMAKUZの面々の演奏は、どんな小さな音も逃さない鋭敏な耳を利かせ、クリッとした目で細い道をとらえながら、澄んだ泉を求めて集まってきた鹿たちのように感じられてしかたがない。彼らはその後も、ときにMAKUZとして、個々のコンボでその風情を失うことなく活動し、ハンガリー・ジャズの魅力の中にフォークロアを重視した即興音楽というポイントを確立させることになったことは、この20年の歴史が示す通りである。(岡島豊樹)  

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NEW5.06 '13

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