#  098-A

田村夏樹 たむら・なつき trumpeter/composer
藤井郷子 ふじい・さとこ pianist/band-leader/composer

インタヴュア:丘山万里子
2009年11月17日 東京・荻窪
photo:Ryo Natsuki(duo)/Toru Sasaki(solo)

* 本項は諸般の事情により掲載が遅れたこと、お詫びいたします。
インタヴューが長時間に及んだため、3回に分けて掲載いたします。



田村夏樹
1951年、滋賀県生まれ。中学校のブラスバンドに入部。高校を卒業して上京、キャバレーのハウスバンドやスマイリー小原、宮間利之らのビッグバンドを経てフリーランスとなる。
1986年、バークリー音楽院に入学するも翌年帰国。1992年、自己のバンド「飛不動」で初CD。1993年、再渡米しニューイングランド音楽院入学。NY滞在を経て、1997年帰国。以後、藤井郷子とのコンビを中心に日本、欧米で活動を展開、多数のCDを制作。4人編成の「ガトー・リブレ」を率いる。

藤井郷子
1958年、東京生まれ。4才よりクラシック・ピアノを始める。クラシック・ピアノを宅孝二、作曲を南弘明、三枝成章、指揮を金子登に師事。20歳で即興音楽への興味からジャズに転向。ジャズ・ピアノを板橋文夫に師事。キャバレーのハウスバンドを経て、1985年バークリー音楽院入学。1987年優等賞を得て帰国、6年間の国内活動を経てニューイングランド音楽院入学、1996年ポール・ブレイとデビューCD『Something about Water』制作。NY滞在を経て、1997年帰国、以後、田村夏樹とのコンビを中心に日本、欧米で活動を展開。NY、東京、名古屋、神戸に藤井郷子オーケストラを持つ他、内外のミュージシャンと複数のバンドを維持している。

CD:『田村夏樹/飛不動』『藤井郷子+ポール・ブレイ/Something about Water』

田村と藤井が関わる最新作は、9月に同時リリースされる『藤井郷子オーケストラ・ニューヨーク/干支』『KAZE/Rafale=ラファール』『Fujii Min-Yoh Ensemble/ウォーターシェッド』の3作(詳細は別項)。

「即興と作曲」

即興は自分の中の音世界を定着させることを拒む。「このとき、ここだけ」に収斂してゆくエネルギーと欲望である。ジャズの核心はここにあろう。
一方で作曲は自分の中の音世界を可能な限り定着してゆこうとする行為。記譜によって「ひろく、あまねく」拡大、伸長するエネルギーと欲望だ。クラシックの歴史はそれを物語る。
この背反するように思える音楽行為は、人間の何を示しているのだろう。何を語っているのだろう。
先般、目にした第19回芥川作曲賞受賞者の藤倉大の言葉。自身の作曲について、彼はこう語っている。
「即興のように自由自在なのに、よく分析してみると、かちっと計算されて作られているというのが理想。ジョン・ケージの音楽のような偶然性には頼りたくない」
「人生って、コントロールできないじゃないですか。でも、音楽の中では全部コントロールできる。作曲でなら、パラダイスを作れる。そこには住めないけれど」
この藤倉の言葉を、そのまま、ジャズの即興演奏家であり、作曲家でもある田村夏樹氏、藤井郷子氏にぶつけてみた。どう思われますか、と。
以下、そこからはじまった、即興と作曲についてのお二人の話である。日々の実感をもとに、具体的に語っていただいた。

♪ 裏切りを楽しむ、楽しめない

O(丘山):藤倉さんの言うJ・ケージの偶然性は、彼の『4分33秒』(演奏者が何もせずステージに座り、そのときその場にさまざま発生した物音を作品としたもの)に典型的ですが、これは作り手の意識を排除することで、音をコントロールするという従来の作曲概念の対極を提起してみせたものです。一方で、藤倉さんのように、音を完全にコントロールしたい、もしくはできる、と考える作曲家もいる。
このあたり、作曲も即興もするお二人はどう感じられますか?


F(藤井):作曲された作品には演奏者がいる。完全に偶然性や事故(アクシデント)を排斥したいなら、練って練って練り上げて、それで演奏するほかないでしょうね。

O:でも、いくら練っても自分の頭の中の音世界を完全にスコアに書き込むことは不可能じゃないでしょうか。

F:そうですね。それに自分の欲しい音を演奏者がどう演奏してくれるかというと...まあ、無理でしょうね。人生、大変なわけです。(笑)

T(田村):僕らは奏者に裏切られるのを楽しんでいる。あれ、こういうつもりだったんだけど、それも面白いや、と、それを楽しむ。完全にコントロールしたいっていうのは、そういうのが楽しめないんでしょうね。(笑)

F:頭の中の音を書き切ることは不可能だけど、その書ききれないことをジレンマとするか、面白いとするかがジャズの作曲とクラシックの作曲の違いじゃないでしょうか。書き切れていないところに演奏の可能性を見いだすのがジャズの作曲。

O:クラシックの作曲でも、最終的には演奏の可能性を大切にはします。でも、中には、自分のイメージを限りなく完璧に記そうとして、ものすごく色々な注文を詳細にスコアに書き込む人もいます。「ここは生木を裂くような表情の音を」とか。
それで演奏者が自分の求める音を出せないと、「許さーん!」となる。


F:完璧な再創造を求めるなら、コンピュータで全部自分で音を創ればいいんじゃないでしょうか。

O:それでも自分の限界はあるのでは。自分というのも、刻々変化してゆくんだから、頭の中のものを完全に抽出、定着させるっていうのはどだい無理じゃないかと思いますが。
私たちの身体だって、毎瞬、細胞が剥落、再生産されているのだし。
ともあれ、お二人には、どうしても書き切れないジレンマはない?


T・F:ないですね!(と即答)

F:あくまでも楽譜を忠実に再現するというスタンスのクラシックの演奏者の裏切りは、私たちの世界のそれとは、程度が違うと思います。私たちの場合は、強力に裏切られる時もある。それでも私は楽しい。

O:自作が演奏されるのを聴いて、いかがですか?

F:すっごい楽しいし、毎回、名曲じゃーん!て。(笑)
T:奇跡の名曲誕生!って毎回、言ってますね。(笑)

O:そりゃ、そういう意識持ってないとこういうことはやってられないですよね。

♪ 作曲と即興に違いはあるか

O:作曲は頭の中のものを定着させる作業、定着させたい欲求。でも、完璧に情報化はできない。一方で即興演奏は定着したくない欲求。流動的な作業。
お二人は両方ともおやりになる。即興についてはのちほど伺いますが、お二人はなぜ演奏だけではなく、作曲もなさるんでしょうか。


T:僕の場合は「ガトー・リブレ」(田村氏のバンド)のライブのため。(笑)

O:ただの義務感?

F:いや、私たち、誰にも頼まれずに書いているわけですから。今やめても誰も困らないし、むしろ喜ぶ人がいっぱいいるんじゃないかと。(笑)

O:なのにどうして?

F:なんでって...やっぱり好き...。

T:僕の場合、自分の音楽のイメージのバンド・サウンドが欲しいというのがあって、それに近づくために曲という形をとる、という感じかな。

O:つまり、最初にイメージが田村さんの中にあり、それを実現するにあたって楽器を選び、編成を考えたということですね。そのイメージ、音楽世界は、即興演奏では実現できないものだと。
どんどん流れてゆきたい自分と、何かに固まりたい、形になりたい自分とがある、という感じでしょうか。で、固まりたいのが作曲という行為。


F:私のなかでは、作曲もインプロ(即興)も全く同じで、二つを分けては考えない。インスタント・コンポジションが即興。悩む時間が短い。その場で判断してゆく作業。

O:時間との関わりの違いということですか?

F:というより、作曲は作品を作品とする。即興は行為を作品とする。その場で起きているパフォーマンスがアートで、それが即興の意味です。それだけに即興はリスクを伴う、そのリスクが面白さでもある。
作品としてとらえたら、時間をかけて作ったもののほうが作品としては、はるかに優れていると思う。目の前で握ってくれるお寿司と、仲居さんが運んで来る綺麗に盛られた懐石料理との違いのようなものでしょうか。
作品の完成度としたら作曲作品、鮮度と面白さからいったら即興作品ということでしょうね。

T:僕はルーツがジャズだから、テーマがあってインプロがあってまたテーマ、みたいなパターンが強く自分の中にある。曲を書いているときも当然インプロがあることを前提にする。だからほとんどの場合、ジャズのパターンにはまっちゃっているところはありますね。

F:一般的に、メインストリーム・ジャズでいう即興は、ジャズのイディオムにおける即興を指します。コード進行が決まっていてメロディを変えていく。一般的にはアドリブと言いますね。私たちのインプロはそれとは違う。何も決まってなくて、何でもあり。
クラシックの演奏家って即興やらない人が多いんじゃないですか?

O:クラシックで何を即興というか、というのも難しいんですが。ケージの例のように、現代音楽での偶然性とか不確定性音楽は一種の即興でしょう。あるいはスコアに、ここは勝手にやれ、という作曲家の指示がある。そこの部分ですね。
それと協奏曲などでのカデンツァもそうかも知れませんが、その場合、曲中のフレーズのアレンジですよね。で、アレンジというのは、古今東西の作曲技法に習熟していれば、テーマにその技法をちりばめてゆける、そういう作業です。そのアレンジも、クラシックの演奏家は出来ない場合が多いですけれど。
ただ、ライブ演奏というのはどういう音楽であれ、必ず即興性を含むとは思います。
(続く)











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