#  107

Steve Kuhn|スティーブ・キューン (Pianist)

1938年、米国ニューヨーク州ブルックリン生まれ。ハーバード大学卒。少年時代にマーガレット・チャロフ(サージ・チャロフの母)よりピアノを学び、十代の頃ボストンのクラブでチェット・ベーカー、コールマン・ホーキンスらと演奏を共にする。1959年の夏に行われたレノックス・スクールでオーネット・コールマン、ドン・チェリーらと共演。その後ケニー・ドーハム、ジョン・コルトレーン、スタン・ゲッツ、アート・ファーマー、ゲイリー・マクファーランドのグループに参加。1967年〜1971年までスウェーデンに滞在しスカンジナビアを中心に活動、現地のミュージシャンに大きな影響を与える。帰国後1974年に『Ecstasy』(ECM1058)を発表、以来ECMアーティストとして最新作『Wisteria』(ECM 2257)に至るまで全11作品をリリース。前作はJoe Lovanoをゲストに迎えた『Mostly Coltrane』(ECM2099)。トリオでの活動も多岐にわたり、多くの作品を残している。共演者はスティーブ・スワロー、ジョーイ・バロン、ロン・カーター、アル・フォスター、ミロスラフ・ヴィトウス、アル・ディ・メオラ、ルイス・ナッシュ、デヴィッド・フィンク、ビリー・ドラモンド等。シーラ・ジョーダン、カーリン・クログら歌手とのコラボレーションも注目される。
http://stevekuhnmusic.com/

Interviewed by Atzko Kohashi 小橋敦子 in Amsterdam ~ New York via phone
June 11, 2012

♪ ECMがスイングしてる!


AK:リリースされたばかりのあなたの最新作『Wisteria』(ウィステリア)について伺います。
正直言って、驚きました。「ECMがスイングしてる!」と。ECMから聞こえてきたこれまでのあなたの音楽とも違うし、リスナーが想定するいわゆるECMテイストとも違います。


Steve Kuhn(以下、SK):今回のトリオのメンバーのことから話そう。スティ−ブ・スワロー、ジョーイ・バロンとはそれぞれに付き合いは長いが(スワローとは五十年来、ジョーイ・バロンとは二十年)、この三人でトリオを組んでプレイしたことは今までに一度もなかった。ぜひ一度このメンバーでやりたいと思っていた。彼らがどんなプレイをするか僕にはよくわかっているので、それならば今回はストレート・アヘッドで行こうと思った。この二人となら、面白いものができそうだ、と。確かに今までECMのレコーディングにこういうストレート・アヘッドの演奏をしたことはなかったが、これが今の僕がやりたいことだと思った。


AK:CD から聞こえる音も従来のECMサウンドと違うように聞こえます。あの独特のエコーが控えめなように...。

SK:それは、僕がプロデューサーのマンフレート・アイヒャーに頼んだんだ。レコーディング・エンジニアともよく話し合ったよ。ストレート・アヘッドなプレイだからそれに適した音響にして欲しい、リヴァーブを少し控えてくれないか、と。いつものECMサウンドと違って聞こえるのはそのためだ。ただし、4曲目の<Romance>だけはリヴァーブが他よりも多くかかっている。ピアノのチューニングが狂って音程が僅かに下がって聞こえるのでそれを補うためだ。アイヒャーは自分の好みがはっきりしている人だから僕の希望を全て受け入れてくれたわけではないが、それでも歩み寄ってくれた。アイヒャーにはとても感謝しているよ。


AK: ECMのレーベル・カラーにもなっているあのサウンドに注文をつけたとは、驚きですね。きっとあなただからこそできたことなのでしょう。選曲についてですが、あなたのオリジナルが6曲、スワローの曲が2曲、カーラ・ブレイの曲、ブラジル人歌手ドリ・カイーミの曲、そしてタイトル曲でもあるアート・ファアーマーの曲<Wisteria>の全12曲です。どのようにして決めたのですか?

SK: オリジナル曲を中心にするというのは、いわばECMに吹き込むときのアイヒャーとの暗黙の了解のようなものなんだ。カーラの曲<Permanent Wave>は僕の大好きな曲で時々ライブでも取り上げているが、なかなか難しい曲だよ。今回はカーラ自身の演奏とは全く違う雰囲気で演奏したが、彼女はこれを聴いてとても気に入ったそうだ。カーラは普段は他人の演奏をほとんど聞かないタイプのアーティストだから、僕も気に入ってもらってとても嬉しかったよ。


AK: あなたのオリジナル曲はどれもこれまでのCDに収録されているものですが、今回は全く違うスタイルで演奏していますね。これまでスロー・バラードでやっていた曲を4ビートに、あるいはボッサ・フィーリングで...というように全くスタイルを変えている。曲のタイトルを見ない限り聴いただけでは同じ曲だと気づかないほどです。レコーディング前に綿密にプランしたのですか?

SK:今までにやったオリジナル曲をストレート・アヘッドな感じでやってみたいとは思っていたが、細かくプランしていたわけではない。僕自身にとってもなかなかチャレンジングな体験だったが、吹き込みの最中にスタジオでいろいろなアイデアが出て面白いものになったよ。スワローとジョーイ・バロンには事前に曲目は伝えてあったが、リズム、進行などは全てスタジオに入ってから決めた。三人でプレイしながらいろんなアイディアが出てきた。


AK:最近あまり耳にできないようなジョーイ・バロンやスワローのプレイがこのトリオで聞けるのも面白いです。ジョ−イ・バロンのスネアやタムタムのスピード感溢れるダイナミックな音を聞いてマックス・ローチを連想しました。同じ曲でもイントロにドラム・ソロを入れるだけで曲の雰囲気がガラリと変わる、どのように三人が曲にアプローチしていくかがとてもよくわかります。このトリオを聞いて、息の合った、というと月並みですが、三者のタイム感覚とコラボレーションが心地よいです。事前リハーサルもなしということですが、レコーディングは何日間で?

SK:スタジオは二日押さえてあったが、初日(2011年9月10日)で12曲+エキストラの曲全てを録り終えた。一曲につき2テイク〜3テイク、<Wisteria>、<Romans>は1テイクだけだ。2〜3テイク録ったものでも、CDに収録したのはほとんどが最初のテイクだ。一番自然に演奏できたからだろう。レコーディングは予想以上に、というか、予想通りスムースに運んだよ。


AK:CDのタイトルにもなっている<Wisteria>(藤の花)、この曲をアート・ファーマーのグループにいた頃によく演奏しましたか?当時のベーシストもスティーブ・スワローでしたね。思い出の曲ということでタイトルにしようと?

SK:演奏したのは今回が初めてだ。アート・ファーマーの曲だけれど、実は彼のバンドにいた時には一度も演奏したことがない。僕がハイスクール時代に(1955年頃)よく聞いたアルバムの中に入っていて、このメロディーが大好きだったんだ。最初は特にCDタイトルにしようとは考えていなかったが、ECMのスタッフから<Wisteria>にしたらどうかと提案があった。美しい花だし、それで行こうと決めた。アルバムカバーは藤の花の写真になるのだろうと思っていたが、実際CDが出来上がったら全く違う写真のカバーだった。タイトル名もカバーの表には書かれていなかったし...。


AK: ECMでかわいらしい藤の花のカバー・ジャケットじゃ、ますます皆がびっくりしますよ! リスナーはECM作品に対して特定のイメージを持っています。ECMテイスト、ECMカラーといったものです。そういう意味で、今回のレコーディングであなたがストレート・アヘッドに演奏するという取り組みをしたのは勇気がいることだったのでは?

SK:確かにそのECMテイスト、ECMカラーはある。アイヒャー自身が40年間かけて築いてきたものだ。でもそのECMへの吹き込みだと言っても僕たちは自分に正直に演奏しなくてはならない。レーベル・カラーに合った何かを自分に強いるのではなく、感じたままを音にする。ストレート・アヘッドなものでも、ストリングスとの音楽でも、叙情的なものでも、アバンギャルドでも、音楽は音楽、どれも僕の一部だ。演奏するときはいつも自分を偽らず、自然に演奏できることが大切だと思っているし、アイヒャーもそれを理解してくれていると思う。


















♪ いい音楽ならそれでよし、ジャンルやスタイルは問題じゃない。


AK:ECMが若いミュージシャンに与える影響は、ヨーロッパでは特に大きいと思います。ここオランダでもECM作品の人気が高くミュージシャンへの影響力も大きく、ある種のトレンドになっています。そのためというわけではありませんが、4ビートはやらないよ、スタンダードはもう古臭い、オリジナルじゃないとダメだ、と言うミュージシャンも多く、実際にストレート・アヘッドな演奏を耳にする機会が減ってきています。このことに関してどう思われますか?

SK:新しいことに挑戦するのはいいことだし、オリジナリティーを追求するのも大切なことだ。だが、ジャズ・ミュージシャンはジャズの歴史、音楽スタイルの変遷をよく知っておく必要がある。音楽の成り立ちを学び、自分でいろいろなスタイルの演奏を実践してみることが自分の演奏に反映されてくる。歴史を知ることでジャズへの理解もより深まり、自分のやりたい音楽の方向も意味を持ってくる。マイルスやコルトレーンだって、オーネット・コールマンやドン・チェリーだってそうだ。誰もが過去の演奏から学んでいった。


AK:今の若いミュージシャンたちが「オリジナリティーを出したい、もっと革新的な音楽を」と求めているのは、昔のあなたがやって来たことでもありますね。スワロー、ピート・ラロカとの『Three Waves』(1966,Contact)や、ゲイリー・マクファーランドとの『The October Suite』(1966, Impulse!) を思い出します。『The October Suite』はアイヒャー氏がとても刺激を受けた作品だと聞いています。ジャズとクラシックの融合、ともいわれていますね。

SK: 実は『The October Suite』での自分の演奏は好きじゃないんだよ。あの作品が評価されたのはゲイリー・マクファーランドが書いた音楽がよかったからだ。「ジャズとクラシックの融合」というが、そんなことは簡単にはいかない。あのときはストリングスは自分たちのパートをこなし、ロン・カーターと僕はインプロバイズしながら・・・と、それぞれ出来ることをやっただけだ。実は数年前にこの『The October Suite』をもう一度やってほしいという人がいて、ロサンジェルスでレコーディングしたことがある。この時の方が自分ではいい演奏が出来たと思う。残念ながら、リリースされなかったが。


AK:あなたの音楽は本当にいろいろなものが交じり合っていますね。『Wisteria』について米国で次のようなレビューがありました。“スティーブ・キューンのルーツははるか昔に遡る。紡ぎ出す音からは50年代末〜60年代初期の偉大なミュージシャンたちが交叉し織りなす描線が見えてくる。そして一方で、スティーブ自身の精神が十分に盛り込まれている”と。私も全く同感ですが、ご自身ではどう思われますか?

SK:僕は様々な音楽を聴き、いろいろなミュージシャンと共演しながら育ってきたから、それが僕の演奏に出てくるのは当然だと思うよ。スイングも、バップも、ブギウギだって聞いてきたし、ルイ・アームストロングも大好きだ。クラシック音楽も聴いている。どの音楽も僕の中に存在しているということだよ。


AK:お宅にレッスンに伺った時にSPやLPの膨大なコレクションを見たことがあるので、なるほどと思います。その多面性があなたの音楽の魅力なのですね。でも、それを複合的に捉えるのはファンにとって簡単ではないようです。日本にはあなたのファンが大きく分けて二通りいるとも言われています。ECMでのあなたの演奏を好む人と、スタンダードの演奏を好む人です。このことをどう感じますか?

SK:趣味・趣向は人それぞれ、リスナーがどう思いどう感じるかはその人次第だよ。僕たちミュージシャンは自分に正直に音楽を演奏するだけで、その後はリスナーの判断に委ねるしかない。好きか嫌いか、それだけだ。音で表現しているんだから、自分はこういう意図で演奏しているなどと説明する必要もないと思う。いい音楽ならそれでよし、ジャンルやスタイルは問題じゃない。


AK:もちろんリスナーの好みは人それぞれですが、一度持った印象というのはなかなか変えにくいものです。たとえば、70年代のあなたのECM作品を聞いてファンになった人は、私もその一人ですが、スティーブ・キューンというピアニストに対してミステリアスなイメージを持っていることが多い。『Ecstasy』(恍惚)、 『Trance』(意識もうろう)といった何だか怪しげなアルバム・タイトルのせいかもしれません。一方で音楽には知的な雰囲気が溢れている。それで、スティーブ・キューンは「ミステリアスで知的」というイメージが出来上がってしまう。

SK:う〜ん・・・それはどうかなあ??


AK:こういうファンにとっては、あなたが音楽中心のライフスタイルで日常過ごしている姿は容易に想像できても、野球好きでニューヨーク・メッツの大ファン、シーズン中はラジオ中継に耳を傾け、ベースボール・キャップをかぶっている姿はとても想像できないでしょうね。

SK:あははは・・・・確かにどっちも僕の姿だ。僕たちミュージッシャンにとっては自由なイマジネーションが必要なんだ。偏見を持たない心の広さ、つまりオープン・マインドであることはとても大切だと思うね。それが成長の秘訣だよ。オープン・マインドであればいろいろなものを受け止め、多くのことを吸収できる。自分の可能性がもっと広がっていくんだ。










♪ 日本へはぜひ近いうちにまた行きたいと思っている。


AK:NYのスタジオであなたのレコーディングを見学したことは何度もありますが、その度に驚きました。テイクごとに音楽が変わる、同じ曲でもテイク毎に違う様々な試みを取り入れる。私たちがレコードやCDから聞くことができるのは、実はあなたの演奏表現のほんの一部に過ぎなかったのだ ...と。ライブでも同様です。私の印象に残っているコンサートは、2005年にハンブルグで聞いたあなたとカーリン・クログ(vo)、ジョン・サーマン(baritone sax, bass.clarinet)のトリオ、大きな開放感のある素晴らしい音楽でした。2008年ベルギーのゲントでのシーラ・ジョーダンとあなたのトリオの演奏もとても面白かった。CDに録音された音楽というのは、実はあなたの音楽のほんの一部なのだなと実感した覚えがあります。

SK:僕たちミュージシャンは常にやり続けるしかないんだ。演奏しながら何かを発見し、成長し、新しい挑戦をし、そしてまた新たな演奏・・・というようにね。この年になっても同じで変わらないよ、やりたいことはたくさんあるし、もっと勉強してこれからもいい演奏をしていきたいからね。


AK:あなたはピアノトリオでの活動が多くレコーディングをたくさん残していますが、トリオのメンバーが多彩なことに驚かされます。スティーブ・スワロー&ピート・ラロカにはじまり、スコット・ラファロとの録音も残されていて、1980年後半から現在に至るまでロン・カーター&アル・フォスター、ミロスラフ・ヴィトス&アル・ディ・メオラ、デヴィッド・フィンク&ビリー・ドラモンド、そして今回のスワロー&ジョーイ・バロン・・・・とパワフルなメンバーが名を連ねています。あなたにとってはピアノトリオが一番自分を表現できる好みのフォーマットなのでしょうか?

SK:僕はソロも好きだよ。ピアノさえよいコンディションならばの話だけどね。ソロには意欲をかき立てられるんだ。でも一番好きなのはやはりトリオだろうね。トリオは三者がイコール・パートナーとして関わっていく音楽の会話だと思う。それを僕はビル・エバンスやアーマッド・ジャマルの演奏から学んだ。それぞれがオープンな会話を楽しむ。それが、音楽を新鮮に保っていくコツなんだ。エゴ、つまり自我が強すぎてはだめだ。それぞれの話に耳を傾け互いに聞き合うことが大事だ。ピアノとサイドメンというのは僕のスタイルではない。三者がチームワークを大切にしながら、会話のキャッチボールをしていくようなのが好きだ。トリオのメンバーの中には僕より若い者もたくさんいるが、彼らから学ぶことも多いし、彼らも僕から何かを学んでいく。互いにレスペクトを持って、相手を尊重しながらね。僕の共演者たちが音楽的にパワフルなのは、どの人もジャズの歴史をしっかり心にとめているから、そしていつもオープン・マインドだからだろう。


AK:この夏はヨーロッパ・ツアーがあると伺っていますが、予定は?

SK:7月にドイツとフランスに行くことになっている。ミュンヘン近郊の町アウクスブルク、その後パリのクラブDuc des Lombards、そしてフランス国内のフェスティバルに二ヶ所出演する予定だ。ツアーから戻った8月にはNYのBirdlandでデイヴ・リーブマン、スティーブ・スワロー、ビリー・ドラモンドとJazz Masters Quartetで出演する予定だ。


AK:来日の予定はありますか?

SK:僕は日本が大好きだ。ファンはとても温かいし、ライブではいつも真剣に聞いてくれる。前回来日したのは3年前、ずいぶん経ってしまった。ぜひ近いうちにまた行きたいと思っている。――今日はインタビューをどうもありがとう!








インタビューを終えて:
私がNYに住んでいた頃、ピアノを習いにキューンの家に通っていたことがある。本人がここで語っているように、彼の家には膨大な量のレコードコレクレクションが大切に保管されていた。父親から譲られたというこのコレクションは、SPに始まって、10インチ、12インチ、モダンジャズの名盤といわれるものが殆ど全てオリジナル版でそろっていた。キューンの父親がまさにそのムーブメントが起きている時に手に入れたものだろう。それほどキューンの父親はジャズ好きだった。その父親の影響を受けて、彼は幼い頃からスイング、バップを聞いて育ったそうだ。キューンの音楽的才能にいち早く気づいたのも父、そして一家がボストンに移り住んだ時にマーガレット・チャロフにピアノを習わせたのも、そして僅か15才のキューンがクラブに出演するようになると車で送り迎えをしたというのもこの父だったという。彼の音楽のルーツはこの父親の存在なしには語れないだろう。

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