#  340

スティーヴン・イッサーリス/チェロ・リサイタル
2001年5月18日 @紀尾井ホール
Reported by 悠 雅彦 Photo by 林 喜代種

1.幻想小曲集 op. 73 (シューマン)
2.チェロ・ソナタト短調 op. 65 (ショパン)
  <休憩>
3.バラード(ユリウス・イッサーリス)
4.2つのヘブライの歌(ラヴェル/イッサーリス編)
5.チェロ・ソナタ(プーランク)

スティーヴン・イッサーリス cello
サム・ヘイウッド piano

 当代屈指のチェリストの1人、スティーヴン・イッサーリスの演奏を文字通り楽しんだ一夜であった。”ミスター・ガット絃” の異名を持つイッサーリスならではの音色のつややかな美しさが、ホールのアコースティックな音響のふくよかさと共鳴し合った、格別な充実味を堪能したといえばよいか。
 ガット絃の演奏家というと古楽演奏家みたいだが、この夜の数日前にN響とウォルトンのチェロ協奏曲で共演したり(NHKが放送するだろうから楽しみ)、何といってもリームのコンチェルトの初演者でもある彼は現代音楽分野でも注目すべき存在であることを忘れるわけにはいかない。また、ある意味では、当夜のアンコールでフランクのヴァイオリン・ソナタ(イ長調・第2楽章)を演奏したようにヴァイオリン曲をチェロのためにアレンジするなど、単なるチェロ演奏家の枠を超えた幅広い演奏活動を押し進めている進歩的な演奏家でもある。それを裏書きするといったらよいのか、たとえば前半のシューマンやショパン、他方後半のラヴェルやプーランクでも、それぞれに熱のこもった真摯な演奏だった点からいっても、彼の場合シューマン・プログラムを組んだりすることなどからロマン派の演奏を得意とする演奏家と一括りにはできないところがユニークといえばユニークだ。恐らくは彼の場合、情熱的な演奏家としての側面と、あたかも人生のどんな瞬間をもプラス感覚でえり好みせずにエンジョイしようとする屈託のない生き方とが、音楽活動や日常生活の中でごく自然にバランスしあっているからではないか。
 そういえばなるほど、この夜のプログラムからはそんなイッサーリスらしさがうかがえて印象的だった。第2部は第1曲が「バラード」、次がラヴェルの「2つのヘブライの歌」で、最後がプーランクの「チェロ・ソナタ」。
 これらは明らかに前半のシューマンやショパンとはむしろ対照的といってもいいくらい。ユーモラスで諧謔味にも富むプーランクを筆頭に、歌曲として知られるラヴェルの「ヘブライの歌」におけるある種の異国情緒などは、第1部とはニュアンスや趣に明らかな変化をもたらしたという点で、イッサーリスの巧みなプログラミングが光った一夜でもあった。ちなみに、「バラード」は彼の祖父が作曲したメランコリックなセレナード風の1曲で、パブロ・カサルスに献呈された作品だという。彼はプログラムに寄せた1文の中で、アンドラーシュ・シフから「私にもそんなおじいさんがいたらなぁ」と羨ましがられたエピソードを披露しているが、その祖父はまだ幼かったころ枕の下にショパンの楽譜を置いて寝たそうだから、そうした祖父の遺伝子がイッサーリスにも流れているのだろう。それくらいショパンのソナタでのパッションを横溢させた濃密にして雄弁な演奏は、艶のいい優雅な音色とともに聴く者を誘って放さない話術にたけたものだった。シューマンへの思いのたけがこめられたオープニングの「幻想曲」にしても例外ではない。物わかリのいい演奏ながら、決して型にはまったありきたりの平凡に堕さない。反対に人をけむに巻くような演奏をするでもなく、雄弁だが饒舌ではないそのバランスに富む演奏に私は英国の音楽家らしい節度のよさを思った。後半のプーランクにしても、作曲家独特のユーモアや風刺的エピソードを妙に強調する愚は冒すことはない。そこが幾分の物足りなさを感じさせるが、かといって羽目を外すような演奏をもし望めばイッサーリスらしさが失われることになる。聴き手はときに身勝手で、無い物ねだりをすることがある。そんなときこそ素直に向かい合うことだ。
 全5曲の演目は東日本大震災前に選定したと、先に触れた1文の中で彼は書いている。だが結果的に、「今回のプログラムは今の日本の状況にあまりにも(これ以上になく=筆者注)ふさわしい」ものになった、と。確かに、ショパンが最晩年に書いたソナタの第3楽章は例の「葬送行進曲」の旋律を借りた遺言書のようでもあるし、ラヴェルの「ヘブライの歌」の第1曲「カディッシュ」にいたっては文字通り「死者への追悼歌」。「先日の震災で犠牲になられた方々に捧げます」と彼は結んだ。「バラード」にしても私には今災害の死者や被災者を悼み慰める曲に聴こえる。多くの演奏家が来日を取りやめる中で日本で演奏する約束を果たしたイッサーリスの誠実さを思わずにはいられない。そのイッサーリスと呼吸のピタリと合ったピアノ伴奏を披瀝したサム・ヘイウッドの端正な響きが、往年の名チェリスト、故エマヌエル・フォイアマンの愛器だったというストラディヴァリウスの魅力的なソノリティをホールの豊かな残響にとけ込ませる先導役を果たしたことをも、忘れずに付け加えておきたいと思う。(2011年5月25日記)







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