#  357

田代慎之介ピアノリサイタル〜リスト生誕200年記念
2011年9月5日(月) @東京文化会館小ホール
Reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

≪出演≫
田代慎之介(Shinnosuke Tashiro):ピアノ

≪プログラム≫
シューベルト=リスト:アヴェ・マリア
シューベルト=リスト:鱒
リスト:忘れられたワルツ第1番
    無調のバガテル
    メフィストワルツ第1番
    ハンガリー狂詩曲第11番
    スペイン狂詩曲
    <休憩>
    ピアノソナタロ短調
    <アンコール> 
    愛の夢第3番
    ラ・カンパネッラ
    ノクターン「夢」

徹頭徹尾、リストである。たとえ冒頭の2曲の原曲がシューベルトであったとしても。シューベルトらしさはメロディラインに認められるだけで、それを奏する手は紛れもなくリストの硬度と明晰さをはじき出す。リストによって演じられるシューベルト。スタインウェイが固有に持つ割れ感を伴う音色の屹立、要となる音がぬっとクローズアップされる濃淡の効いた分散和音、音数の多さをぎくしゃくとした楽しさのなかに封じ込める絶妙なテンポの揺らしなど、時に無骨ともいえる手触りと妖しさで、有名すぎるメロディを絢爛と包みあげる。ロマン派の歌曲王たるシューベルトを、情緒に流れすぎぬ覚醒した優美さで提示した2曲。

このリスト=シューベルトは、コース料理に喩えればアントレ的なものである。ここから前半は、忘れられたワルツ〜無調のバカテル〜メフィストワルツまでをひとつのシークエンスに、ハンガリー狂詩曲〜スペイン狂詩曲を次のシークエンスとして弾いたが、プログラムの進行と共にぐいぐいとピアニズムのヴォルテージが上がってくる。まさに手に汗握る展開。「忘れられたワルツ」はかなりアップテンポに設定し、ひと筆書きのようにすっきりとシェイプされる。テクニック的には平易な曲であるにも関わらず、抑制されたリリシズムと澄み切った音色で、難曲と並べても遜色ない存在感を示す。続く「無調のバカテル」から「メフィストワルツ」に至って剛胆な打鍵による和音が音圧を増してくる。和声の塗り込め方と言おうか、時に窒息しそうなほどに色彩の横溢がある。逆に言えば、こうした超絶技巧の部分ですら様々な音色が反響し合う香気に満ちているため、例えば「メフィストワルツ」におけるメフィストの恋心を表すような官能的なくだりでは、劇的なイメージの反転とまではいかなかったりはするのだが...。しかし、フィナーレにおける身を切るような硬さと透明度を誇る音色には圧倒されずにはおれない。こうしたぎりぎりまで上り詰めたクラリティを維持したまま、前半は狂詩曲2曲で締めくくられる。繊細な装飾音や持続音の部分でも、音色の輝きがあせる瞬間は微塵もない。むしろ透明度により一層の柔軟性と鋼のようなバネ感、低音の底力が加味されて、音楽をドラマティックに推進してゆく。特筆すべきは、どんなにグルーヴが増しても音楽の骨組みが全く乱れないところで、やはりドイツ・ロマン派の流れを汲むオーストリア=ハンガリー帝国を色濃く反映するリスト、そして自らもその系譜で研鑽を重ねた田代慎之介の来し方が強固に漲っていたといえよう。

ここで略歴を振り返っておく。田代慎之介は1975年全日本学生音楽コンクール・中学の部第1位。1983年に東京芸術大学を卒業、同年第52回日本音楽コンクール入選、海外派遣コンクール河合賞受賞。1984〜86年ハンガリー政府給費留学生としてブダぺシュトのリスト音楽院に留学、1985年エピナル国際コンクール第一メダル、1986年マリア・カナルス国際音楽コンクールでもメダルを受賞。1987年に東京芸大大学院をクロイツァー賞を得て修了後は、定期的にリサイタルを開催するほか、武蔵野音楽大学などで後進の指導にも当たっている。また楽譜の校訂にも意欲的で、2010年には「バルトーク舞曲集」(ヤマハミュージックメディア)を発行。2009年にリリースされたCD「バルトークピアノ曲集T」は『レコード芸術』特選盤に選ばれた。ハンガリーの薫り高きロマンティシズムを虚飾なく今に伝える、最も充実した第一線と言ってよい。

後半の「ピアノソナタロ短調」。リスト・イヤーをピアノで祝す際には避けては通れない大曲であり、今年はさまざまなピアニストの解釈を楽しめる1年でもある。田代慎之介のソナタは、壮大なガラスの建造物を打ち立てるその過程・そしてそれが一気に砕け散る様を同時に見るような、シュールさが詰まったリアリティを堪能できるものであった。過度なロマンティシズムに陥らない頑健なる構成、それを可能せしめる細部の丹念な研磨、そうしたものが薄氷を踏むようなあやうい香気を放ちつつも見事に立体を成している。奏者がこの曲をいかに明確に把握しているかは、本人によるプログラムの楽曲解説を読むとよく判る。すっきりと整理された解説である。作曲家の溢れんばかりのアイディアや理想が投入されたこの曲を、実際の音色としていかに描き切るか。そうした思索的でありリアリスティックでもある境地は、静と動を巧みに対比させたフレージングの妙はもとより、ひとつひとつの音の中の静/動の明確な輪郭づけにも顕著に表れる。あからさまに甘い音色はひとつとしてなく、あくまで冷静にひた寄せる一音。ヴィルチュオズィティを存分に発揮する高音の瞬きや、ゴツゴツとした手触りで荒涼さを演出する低音の乱舞はもちろんのこと、ピアニシモの部分でも音色の輪郭線が非常に強いことは特筆に値する。安易な柔和さや感傷とは趣を異にする、周囲を振り払うかのような気高きエレガンス。磨き上げられた技術と音色の精度との幸福な結託には、絶えず崇高なる静けさがつき纏う。稀有な境地である。 (*文中敬称略/9月7日記)





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