Live Report#448

菊地雅章TPTトリオ
2012年6月24日(日) @ブルーノート東京 1stセット
Reported by 多田雅範
Photos by 山路ゆか (Yuka Yamaji)

菊地雅章(p)
トーマス・モーガン(b)
トッド・ニューフェルド(g)

「ライブを体験した当日の感想」

若き新皇帝トーマス・モーガンはやはりそのとおりであった。どんなシチュエイションにあっても、音を読み、共演者に解放されたスペースを提供する、いやそういう言い方は適切ではないかもしれない、リアルタイムにワンタッチで見事なシュートチャンスを作るミッドフィルダーでありながら同時に裏をかいてくぐり抜ける彼のラインを描いてもいる。彼の聴力と身体能力は21世紀のジャズをリレーしてゆくことだろう。トッド・ニューフェルドのギターは、集中と痙攣と連鎖の特質で、ラインを形成するよりは一瞬に賭けている。コードワークに遊んだり早弾き見せもしない。主にプーのピアノに触発を与えている。

ブルーノート東京に菊地雅章TPTトリオを聴いた。プーさんに会うのは12年ぶりだ。おお、書き手の多田か!太ったな、生きて会えて良かった、日本の何処にいても祈ってましたよ。握手の手を忘れない。開演、一音目の不思議な響きを憶えておく。おれには All The Things You Are が聴こえるよ。

1、2曲目はビアノ、3曲目はベース、4曲目はギターから始まる即興ジャズ。居合い抜きの連続、持続、能の集中した状態の微動する光速。破綻や緩みなど無く。言葉はもどかしいものだ。宇宙の一瞬に漂う、消失しそうな自我。忘我。

90分のステージはおれには25分程度に思えたが、ややアップな仕上げに走り出したラストチューンが始まるときにはマラソンランナーのように汗だくになっている自分がいた。まさに精神力勝負なこのステージ、プーさんたちはタフだよなあ。とてもセカンドステージを聴くたぐいの音楽ではないだろ。60分集中聴取でさえ、ついて来れてるやつはいるんかよ。

しかしなあ、こんなのセカンドステージまであるブルーノート東京というのは無理だろ。酒飲んで料理食って聴くもんではないだろ。日本で最高のステージに、という気持ちも痛いほどわかる。

他の週のプログラム予告が流れる休憩時間。シュールに身体が冷えて硬くなってゆくのがわかる。だめだ、セカンドステージまで持たない。

「翌日」

FaceBook で五野洋さんが、ニューフェルドはギターのプーさんだ、と書いていて、ああ、おれもそう感じたのだけどそう書けてなかった!と、反省する。


「その後、考えること」

TPTトリオを、ブルーノート東京の2日間、2セットとも聴く予定であったのに、行けなかった。初日のファーストセットを聴いて、明らかに体感した衝撃と、その言葉にならなさに、宿題を提出できないままでいる落ちこぼれ学生のように身動きできなかった。

いわゆるクラシック音楽はヨーロッパ大陸のもんである。オーストリアとイタリアとフランスと・・・、王室で培われたそれぞれ分岐した民族音楽のようなものである。

ジャズはチャーリー・パーカーのもんである。アメリカの民族音楽である。

インプロはイギリス発祥のもんである。理知はヨーロッパのものである。

キクチは日本のもんである。芸大附属高校の作曲科にいた3にんに、菊地雅章と渋谷毅がいた。日本でのクラシック教育にはドイツ流儀とフランス流儀があった。その流儀は当然日本人にとっては相対化される。菊地も渋谷も、単独者として歩む。親日オヤジであるゲイリー・ピーコックは、キクチの価値をわかる。ギル・エヴァンスも気付いた。キクチのピアニストとしての感覚の特質は、たとえばキクチ×トガシの共演と、ブレイ×トガシの共演を聴くと、その感覚的距離においてわかるものである。キクチはニューヨークにあって常に異質なものであったし、晩年のポール・モティアンが手放さなかったのも感覚的な特質によるものだ。

居合い抜き、や、能の集中、と、わたしが言葉を選んでしまうのは、他のジャズ・ミュージシャンには使用できないからだ。だから、ジャズでも、インプロでも、ヨーロッパでも、アメリカでも、同時にイエスであって同時にノーである。これはコトバ遊びではない。TPTトリオ3者の、互いの音に対する集中する仕方は、ジャズでも、インプロでも、ヨーロッパでも、アメリカでも、うまく共通点が見出せない。インプロで、デレク・ベイリーとスティーブ・レイシーの初期のデュオに似た強度の瞬間を感じた記憶はあるけれど。

TPTトリオの瞬時瞬時の音楽の進行には、あり過ぎるような制約があると思う。瞬間その行き場のない状況に圧倒され、そこに針に糸を通すような名人芸、または瞬時に方程式の解法が投げ込まれるような、強烈な開放感を感じる。集中して、逃げないように、研ぎ澄ました一音を投げつける、おのれのキャリアと実力が赤裸々になってしまう賭けを避けない。

このやり方、は、これまで聴いてきたさまざまな音楽に偏在していたようで、ところがどこにも接続しないもので、実はまったく新しいものではないかと。つい、ビック・バンではないか、とまで考える。

居合い抜き、能の集中とわたしが言うのと同時に、音楽評論家の福島恵一さんが菊地雅章『Sunrise』に対して“短詩型文学”を直感した(http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-date-20120609.html)のも、きっと他の音楽には使用しないことだろうと思う。

もちろん、日本文化というキーワードでTPTトリオの演奏を納得できるわけでもないのだ。

困ったものだぜ、みんな!

※福島恵一さんが「不意討ちされて立ちすくむ」(http://miminowakuhazushi.dtiblog.com/blog-entry-178.html)と、わたくしのブログを取り扱って下さった。わたしはわたしに困惑していたのだけど、それはそれで意味があるようで救われた心境であります。







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