Reflections of Music Vol. 110 藤井郷子オーケストラ
藤井郷子オーケストラ東京 @新宿PIT INN 2025, 2026
Satoko Fujii Orchestra Tokyo @Shinjuku PIT INN, February 02, 2025 & January 11, 2026
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
半年ほど前になるが、新年恒例となった田村夏樹と藤井郷子による新宿ピットインでの昼夜ぶっ通しライヴ「あれもこれも」が1月11日に開催された。この企画では決まって藤井郷子オーケストラ東京が演奏するが、それも毎回足を運ぶ楽しみのひとつである。その日のオーケストラ演奏時のMCで、今年は異なる5つのオーケストラのCDを出すと発表していた。実現したらスゴイ!と思っていたが、約半年が経ちリリースが始まった。
CDリリース・スケジュールは下記のとおり。
2026年7月 Satoko Fujii’s Bunker Ulmenwall Orchestra(2014年録音)
2026年8月 オーケストラ神戸『After the Storm』
2026年9月 オーケストラ・ベルリン『Second Attempt』
2026年10月 オーケストラ名古屋『Kore Kara』
2026年11月 オーケストラ東京『Kappa Ondo』
藤井郷子のCDデビューは1995年録音のポール・ブレイとのデュオ『Something About Water』(Libra, 1996) だが、1997年にSatoko Fujii Orchestra名義(現在のオーケストラ・ニューヨーク)で『South Wind』をリリースしている。これまで様々なユニットで演奏活動してきた藤井だが、初期からオーケストラでの活動を継続させている。そこに何らかのこだわりを感じるのはなぜだろう。
藤井がプロの演奏家として活動を始めたのは、鶯谷にあったキャバレーワールドの専属バンド、ワールド・シャープ・オーケストラだった。ここで「ビッグバンドのホーンの音圧とバンドのグルーヴに魅せられた」という。その後、バークリー音楽大学に入学すると、ハーブ・ポメロイの有名なライン・ライティングのコースを履修し、卒業リサイタルもビッグバンドで行った。帰国後にはアマチュア・ビッグバンドのアレンジも手がけている。さらにニューイングランド音楽院ではジョージ・ラッセルのリディアン・クロマティック・コンセプトを学び、卒業前からボストンでビッグバンドを結成して活動を開始した。卒業後にニューヨークへ移り、そこで誕生したのがオーケストラ・ニューヨークである。彼女はこう述懐する。
ニューヨークでもビッグバンドを続けたいと思い、毎晩ジャズクラブに通って共演したいミュージシャンに声をかけて始まったのがオーケストラ・ニューヨークです。ニッティング・ファクトリーのオルタニットという狭い部屋で何回かコンサートを行ってから録音したのがデビュー作の『South Wind』。録音時は感じなかったのですが、実はかなり緊張していたようで終了後帰宅したらどっと疲れが出たのをよく覚えています。それでも人間的にも最高の共演者に恵まれたので、ニューヨーク新参者の私を温かく迎えてくれてそれが励みになり現在まで続いています。
このオーケストラ・ニューヨークは彼女の活動の中で最も長く続いているユニットと言っていい。今年のCDリリースのラインナップには載っていないが、来年のリリースを考えているとのことだ。
藤井は1996年に帰国する。その時に記念コンサートを行う。そのために立ち上げたのが、オーケストラ東京だ。その時のメンバーの過半数は現在も引き続き在籍している。藤井は当時を振り返って、興味深いことを語っている。
帰国時に帰国記念コンサートを行いました。その時にニューヨークでの活動と同様な活動を東京でも展開したくてオーケストラ東京を立ち上げました。これまた最高の仲間に囲まれての初演でしたが、私自身が日本で女性に要求されるような慎ましさ、前に出ないという社会の無言の要求を感じてしまい、ニューヨークとは別の大変さを感じました。演奏回数を重ねるごとにそれもすっかりなくなりましたが。
当時はニューヨークのオーケストラと同じレパートリーで演奏していたのですが、その音楽的解釈と演奏の違いには驚愕でした。それがオーケストラ・ニューヨークとオーケストラ東京の2枚組アルバム『ダブル・テイク、月は東に日は西に』(ewe, 2000) につながりました。
その後、オーケストラ・ニューヨークとオーケストラ東京の活動を並行して展開していく。それだけでなく、数年後には名古屋在住のギタリスト臼井康浩が声をかけたことからオーケストラ名古屋が、その少し後に神戸のライヴハウス、ビッグアップルの近藤哲正の誘いでオーケストラ神戸が誕生するのである。そして、一時拠点を置いていたベルリンでもオーケストラを結成するに至る。複数の都市でその地域で活躍する演奏家を集めたオーケストラで活動を継続しているというは珍しい。日常的に活動しているバンドで国内外をツアーするのが普通だ。しかし、十数名のメンバーを抱えるオーケストラでは国内ツアーでさえ容易ではない。よい協力者に恵まれたこともあるだろうが、ある意味合理的な発想といえる。
今年リリース予定のアルバムに見慣れない名前が入っている。Bunker Ulmenwall Orchestraだ。ドイツのビーレフェルトで現地ミュージシャンとワークショップ、そしてコンサートを行った記録がプロデューサー、ウォルフガング・グロスのアーカイヴで見つかったことから日の目を見た。藤井はこのような形態、現地ミュージシャンとのワークショップを行い、公演するということを2000年代半ばからカナダ、オランダ、オーストラリア、ドイツ、また金沢でやっている。Bunker Ulmenwall Orchestraのアルバムは、これまで知られていなかった藤井の活動を垣間見ることができる録音であり、ワークショップで培われた成果がサウンドとして結実した貴重なCDとなっている。
藤井の活動のひとつの柱であるオーケストラの活動はコロナ禍以降減ってしまった。これを残念に思っていたのは私だけではあるまい。コロナ禍が終息後、藤井は新曲を録音して本格的な活動再開と考えていたが、コロナ禍の時にキャンセルになった仕事に追われて今年まで大編成の仕事が手付かずだったという。だが、ビーレフェルトの録音が見つかった際にそれを発表したいとグロスから言われたことが藤井の背中を押したようだ。
いずれのオーケストラも継続的に活動していることもあり、総体としてそれぞれ異なる個性がある。各オーケストラによって演奏する曲が異なるのもそれゆえだろう。メンバーのキャラクターと相俟って、作曲と即興演奏とが有機的に変化するさまにオーケストラの個性が現れていて面白い。藤井にとってオーケストラは音のパレットだが、アレンジの妙だけではなく思わぬ踏み外しがサウンドに刺激を与える。私が実際にライヴを観ているのはオーケストラ東京だが、ソロではメンバーのキャラクターが生き生きと現れる。過去にはとんでもないハプニング、トロンボーンの古池寿浩がトロンボーン漫才のボンサイトを真似たソロをしたり、昨年は ガムテープをぐるぐる体に巻きつけ、最後は芋虫のように床に転がった吉田隆一が「引田天功大脱出!」と叫んでテープを剥がすということをやって、客席を笑わせた。これはライヴならではの出来事なのだが、こういうことが起こるのも30年に亘って継続的に活動しているオーケストラならではなのだろう。
リリース予定は決まっているが、オーケストラ東京のライヴ・レコーディングはこれから、7月29日に江古田「Live in BUDDY」で行われる(→リンク)。演奏するのは田村夏樹の父、田村一二の楽曲<かっぱ音頭>を含む田村夏樹と藤井郷子のオリジナル曲。田村一二は障害者教育に携わってきたが、多芸な人で曲も書いていた。没後30年でその曲の譜面を起こしてほしいと依頼され、その曲にインスパイアされた二人が新曲を作曲したことが今回のプロジェクトに繋がった。既に1月の「あれもこれも」で演奏しているが、さらなるステップアップ(そして踏み外し?)が期待されるところだ。
藤井郷子オーケストラ東京
2026年1月11日 新宿 PIT INN
早坂紗知 (as, ss), 泉邦宏 (as), 松本健一 (ts), 藤原大輔 (ts), 吉田隆一 (bs), 田村夏樹 (tp), 福本佳仁 (tp), 渡辺隆雄 (tp), 城谷雄策 (tp), 高橋保行 (tb), 古池寿浩 (tb), 永田利樹 (b), 堀越彰 (ds)

