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Reflection of Music 横井一江No. 260

Reflection of Music Vol. 71 パウル・ローフェンス


パウル・ローフェンス @ベルリンジャズ祭 2006
Paul Lovens @JazzFest Berlin, November 04, 2006
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


Albert Mangelsdorff @JazzFest Berlin 2004

第14回アルバート・マンゲルスドルフ賞(ドイツ・ジャズ賞)の受賞者はパウル・ローフェンス Paul Lovens に決まり、ベルリン・ジャズ祭会期中の11月3日に授賞式が行われた。「ジャンルの境界を再定義した独創性のある即興演奏家」であることが評価された。

アルバート・マンゲルスドルフ賞として知られるドイツ・ジャズ賞は、ドイツ・ジャズ協会により2年ごとに「ドイツ・ジャズ界の発展において重要な役割を果たし、傑出した音楽的業績を上げた」人物に授与される賞で、賞金は15,000ユーロ。ジャズ・ミュージシャンに与えられる賞は多々あるが、アルバート・マンゲルスドルフ賞はCD販売枚数や商業的な成功ではなく、あくまでも芸術的側面からドイツ・ジャズ界へ貢献した音楽家を顕彰する生涯功労賞的な色彩が強い賞といえる。

この賞は、ドイツのジャズ・ミュージシャンで最初に世界的な評価を得たアルバート・マンゲスドルフの名を冠している。彼はトロンボーンの革新者と言われるように、マルチフォニックス奏法を編み出すなど奏者としての卓越した能力を持ち、作曲面でもその能力を発揮し、後進の指導にもあたった。1928年生まれ(2005年没)のマンゲルスドルフの活動は、そのまま戦後のドイツ・ジャズ史を表していると言っていい(→リンク)。興味深いのは、実際にグローブ・ユニティ・オーケストラに参加したことがあったり、年下のミュージシャンとの共演歴からもわかるように、その世代のミュージシャンでフリーに理解を示した例外的な人物だったということだ。第1回(1994年)の受賞者アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハを始めとして、歴代の受賞者にはペーター・コヴァルト、ペーター・ブロッツマン などフリー系のミュージシャンの名前が少なくないのもそれ故か。確かにドイツ・ジャズ界において60年代後半のフリー・ムーヴメントがその後の音楽的発展に与えた影響は大きいといえよう。近年は、ニルス・ヴォグラムやアンゲリカ・ニーシャーといった現在第一線で活躍するミュージシャンにも与えられている。

ヨーロッパ・フリーの第一世代と言われるミュージシャンには傑出したドラマー/パーカッショニストが何人もいるが、ドイツで真っ先にその名が挙がるのは今回の受賞者パウル・ローフェンスではないだろうか。1949年生まれなので、第一世代の中では若いのだが、1970年頃からアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ ・トリオ、またグローブ・ユニティ・オーケストラでの活動などでその頭角を現した。アーヘン生まれのローフェンスは、その地でミュージシャンズ・コオペレィティヴを設立し、また1976年には同じくイギリス人のドラマー/パーカッショニストのポール・リットンとPo Torch Recordsを興している。同レーベルから、シュリッペンバッハ ・トリオの最高作のひとつ、1981年ピサのフェスティヴァルでのライヴ録音『Detto fra di noi: live in Pisa 1981』などをリリースした。枚数は決して多くないが、70年代後半から80年代にかけての貴重な記録が残されていると言っていい。当時のシュリッペンバッハ ・トリオやグローブ・ユニティ・オーケストラでの映像を観たことがあるが、音盤で聴くのと違って映像では演奏する姿が生々しいためか、その爆発的な推進力に圧倒されたことを覚えている。まさにその頃の音源だ。

Po Torch Recordsといえば、個人的にはパウル・ローフェンスとポール・リットンという2人のドラマー/パーカッショニストのデュオLP『Was it me?』と『Moinho de asneira/A cerca da bela vista a graca』に驚かされた。ライヴ・エレクトロニクスが使われているというクレジットはあるものの、最初に聴いた時にはどのようにしてこのような音を出しているのか皆目わからなかった。だが、実際に彼がステージでドラムスをセッティングする様を見た時にそれらの疑問が消えていったのである。誰よりも早くやってきて、素人目にはガラクタの山にしか見えない沢山の小道具、リトル・インストゥルメンツを入れたボックスからひとつひとつ取り出して丁寧に床に並べていく、その小さなひとつひとつが不思議の答えだったのである。フリージャズの時代を経て、ドラマーはリズム・キーパーとしての役割から解放されたが、彼らはさらに打楽器の多様な用い方から即興演奏を拡張したといえる。それは、現代の多彩な即興音楽に繋がるものだ。実際、ローフェンスは世界各国のミュージシャンと共演を重ねている。日本人との共演では、盛岡でのライヴが『Death is our eternal friend』(IMA, DIW)としてLP化された近藤等則、リットンとの演奏を思い出すオールド・ファンがいるかもしれない。彼は即興演奏家らしく、小編成のグループでの永続的な活動に興味があったというが、それは彼の持ち味が最もよく発揮できる場なのだろう。

また、ローフェンスがメンバーであった高瀬アキのプレイズ・ファッツ・ウォーラーでの演奏では、インテンポをきっちりとキープする技量と共にユージン・チャドボーンとの即興演奏になると作品という部屋から飛び出す(また戻ってくるが)というちょっとした冒険で作品の世界観を広げていた。ローフェンスがアイデアを巧みにピックアップし、刺激を与える存在であることは、自由即興の場に限ったことではないのである。特にスコピエ・ジャズ祭で観たこの2人のダイアローグは出色の出来で、今でも私の記憶に新しい。

写真は2006年のベルリン・ジャズ祭、グローブ・ユニティ・オーケストラ40周年記念コンサートの時に撮影したもの。アルバート・マンゲルスドルフ賞授賞式の写真を報道で見たが、ステージ上では何十年も変わらず白いシャツにネクタイ姿、そして履き古したドラムシューズ。ツアーには演奏回数分のネクタイを持っていくのだと聞いたことがある。長時間のフライトが厳しいとのことで、昨年のアレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ ・トリオでの来日は叶わなかったが、元気で活動を続けてほしい。なにはともあれ、心からの祝福を!

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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