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Jazz and Far Beyond


  • R.I.P. 悠雅彦

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  • R.I.P. トリスタン・ホンジンガー

    アメリカ出身のチェリスト。ヨーロッパと日本を中心にフリー/インプロ系のフィールドで活躍。 1949年10月23日、ヴァーモント州バーリントン生まれ。2023年8月5日、イタリアのトリエステで肺癌のため死去。 代表作は『デレク・ベイリー&トリスタン・ホンジンガー/デュオ』(Incus 1976)、『セシル・テイラー w/トリスタン・ホンジンガー&エヴァン・パーカー』(FMP 1989)。

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  • R.I.P. 松風鉱一

    松風鉱一 1948.8.06~2023.3.29 マルチリード奏者(アルト、テナー、バリトン・サックス、クラリネット、バスクラリネット、フルート)。作曲。国立音大器楽科サックス専攻卒。 アルバムに、『At The Room 427』(ALM)、『Good Nature』(TRIO)、渋谷毅の『エッセンシャル・エリントン』他。

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  • R.I.P. 坂本龍一

    坂本龍一 1952.1.17~2023.3.28 東京都出身。東京芸術大学大学院修士。作曲家、編曲家、ピアニスト、俳優、音楽プロデューサー。KYLYNやYMOでバンド活動。映画音楽では『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞 作曲賞、『ラストエンペラー』でアカデミー作曲賞、『シェルタリング・スカイ』でロサンゼルス映画批評家協会賞 作曲賞、ゴールデングローブ賞 作曲賞をそれぞれ受賞。アルバムに『12』他多数。

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  • R.I.P. 鈴木勲

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  • R.I.P. ジョージ・ムラーツ

    本名:Jiří Mráz(イジー・ムラーツ)。1944年9月9日 - 2021年9月16日。チェコ出身。1961~66年、プラハ音楽院にてコントラバスを学ぶ。1968年バークリー音楽院に入学するもミュージシャンからの引き合い多く、オスカー・ピーターソンと2年間共演。その後、サド・ジョーンズ&メル・ルイス・オーケストラに6年間在団、来日を果たす。その中から生まれたローランド・ハナ℗との ”ハナ・ムラ” デュオは日本で最も親しまれたジャズ・コンビとなった。

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  • R.I.P. ジョージ・ウィーン

    1925.10.03~2021.9.13。米マサチューセッツ州リン生まれのジャズ・プロモーター、ピアニスト、プロデューサー。ボストン大学卒業後、地元でジャズ・クラブとレコード・レーベル Storyvilleを運営。1954年、ロードアイランド州ニューポートで米国で初の野外ジャズ祭「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」開催、その後、世界各地でジャズ、ブルース、フォークの野外フェスを展開、野外フェスを定着させた。

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  • R.I.P. 橋本孝之

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  • R.I.P. 近藤等則

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  • R.I.P. 沖至

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  • R.I.P. 川崎燎

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  • R.I.P. ヨン・クリステンセン

    ノルウェー・オスロ生まれのドラマー。20 March 1943 – 18 February 2020。 ピアニストとして15歳でデビューするもドラマーに転向、バド・パウエル、デクスター・ゴードンなどオスロを訪れるアメリカの名手と実践で腕を磨く。ジョージ・ラッセルとの共演を経て、1969年ヤン・ガルバレク、テリエ・リプダル、アリルド・アンデルセンとバンドを結成、ECMから『アフリック・ペッパーバード』でデビュー。キース・ジャレットのヨーロピアン・カルテットのドラマーとして『ビロンギング』を録音の他、多数のセッションに参加。

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  • R.I.P. ライル・メイズ

    米ウィスコンシン州ウォーソーキー生まれのピアニスト、キーボード、シンセ奏者。1953年11月27日 - 2020年2月10日。ウィスコンシン大学を経てノース・テキサス大学卒。ウディ・ハーマン・バンドとツアーの後、1975年、パット・メセニー(g)と出会い、パット・メセニー・グループ結成、ECMからデビュー。活動停止まで11個のグラミーを受賞。自身のソロ・アルバムでは4回のノミネート。2016年ミュージシャンを引退、音楽ソフトのプログラマーに転身、同時に建築設計も始める。2020年2月病没。

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  • R.I.P. ヤン・エリック・コングスハウク

    ノルウェー、トロンハイム生まれのサウンド・エンジニア、ジャズ・ギタリスト。4 July 1944 – 5 November 2019。オスロのスタジオでフリーランサーとしてECMの録音を開始、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーとチック・コリア、キース・ジャレット、ポール・ブレイらのピアノ・ソロアルバムの録音を通じて、”クリスタル・サウンド”と呼ばれる「ECMの音」を確立。1984年、オスロにECMと共同でレインボウ・スタジオを設立、ECMのハウス・スタジオとして幾多の名盤を録音。1979年にはキース・ジャレットのヨーロピアン・カルテットのコンサート録音のために来日、後に『パーソナル・マウンテンズ』『スリーパー』としてリリースされた。

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  • R.I.P. 齋藤徹

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  • R.I.P. 児山紀芳

    こやま・きよし ジャズ評論家。1936年大阪生まれ。関西大学文学部英文科卒。「スイングジャーナル」誌編集長を2期17年にわたってつとめ、その間、ゴールドディスク、ディスク大賞、幻の名盤など数々のキャンペーン企画を成功させ、ジャズ・マーケットの活性化に尽力。その後はプロデューサー、ラジオDJ、監修者としても活躍。

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  • R.I.P. ペリー・ロビンソン

    アカデミー受賞作曲家Earl Robinsonの長男としてNYに生まれる。クラリネット奏者。マンハッタン音楽院他で学び、1959年オーネット・コールマンと出会いフリー・ジャズに開眼。サニー・マレイ、セシル・テイラー、チャーリー・ヘイデン他共演者多数。ESP、カーラ・ブレイ『エスカレーター・オーバー・ザ・ヒル』、『Liberation Music Orchestra』、『Kundalini』(IAI)、『Anat Fort/A Long Story』(ECM)他、リーダー/共演作多数。

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  • R.I.P. 小杉武久

    1938年3月14日、東京都生まれ。2018年10月12日、食道がんのため病没。作曲家、ヴァイオリニスト。 東京藝大在学中に水野修孝らと日本で最初のフリーミュージックとイベントを行う「グループ・音楽」結成。同時期にフルクサス運動に参加、ニューヨークやヨーロッパで同好の芸術家と接触。1964年、武満徹、一柳慧とCollective music結成、1966年6人編成のバンド「タージ・マハル旅行団」結成、内外で活動を展開。1977年、NYに移住、マース・カニングハム舞踏団の音楽監督となる。2017年12月9日(土)~2018年2月12日、『小杉武久 音楽のピクニック』展開催。

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  • R.I.P. ランディ・ウェストン

    1926年4月6日~2018年9月1日。ニューヨク州ブルックリンの生まれ。ピアニスト、コンポーザー。 デューク・エリントンとセロニアス・モンクの影響を受けたが、アフリカのルーツにこだわり、”アフリカ音楽大使”と称された。1992年、メルバ・リストンの編曲により、ディジー・ガレスピー、ファラオ・サンダースをゲストに迎えたアルバム『The Sipirits of Our Ancestors』をリリース。2016年、カーネギーホールで「90歳記念コンサート:開催。

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  • R.I.P. トマシュ・スタンコ

    (1942-2018) 英語読みではトーマス・スタンコ。 ポーランド出身のヨーロッパを代表するトランペッター。独特の音色を自らは「スラヴの憂愁とアメリカのブルースがミックスしたものと表現する。60年代、ロマン・ポランスキの映画のサントラを担当したクシシュトフ・コメダのグループの演奏を通して頭角を現す。1975年以降はECMを創作活動の中心舞台とする。表現の幅はセシル・テイラー/グローブ・ユニティでのアグレッッシヴな演奏からチェット・ベイカー/マイルス・デイヴィスを彷彿させるバラード演奏まで幅広い。

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  • R.I.P. アレサ・フランクリン

    (1942-2018) テネシー州メンフィスで生まれデトロイトで育つ。”クィーン・オブ・ソウル””レディ・ソウル”の異名を持つがソウル/R&Bというジャンルをはるかに超越したファンと影響力を持つアメリカを代表するシンガーのひとり。ベースは父親が牧師を勤めた教会のゴスペル。1967年4月、オーティス・レディングのカヴァー「Respect」で全米1位を獲得、以後ヒットを連発、グラミー受賞20回を数える。1987年女性初の「ロックの殿堂”入り。

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  • R.I.P. 松坂妃呂子

    松坂妃呂子 1932年、福島県生まれ。1965年、銀座にジャズ喫茶「オレオ」開店、フリークの溜まり場となる。1967年、機関誌のような形で『ジャズ批評』を創刊、2018年6月発売の7月号で204号を迎える。その間、多数の別冊、BOOKSを発売。著書に 『ジャズ古今往来〜ビバップの心と技を受け継いだ日本人ジャズ・アーティス ト』(2014/株式会社松坂)。松坂比呂。享年85。

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  • R.I.P. セシル・テイラー

    1929年3月 NYCクインーズの生まれ。ピアニスト、詩人、ダンサー。 フリージャズの創始者として知られ、クラシック・ピアノの訓練の下、クラスターとポリリズムを駆使、エネルギー溢れるパーカッシヴなピアノ奏法を得意とした。1973年ユニットで初来日以降、何度かの来日を重ね、田中泯、富樫雅彦、一噌幸弘、山下洋輔らと共演、日本人に最も人気があり、リスペクトされるフリージャズ・ミュージシャンの一人。2013年、京都賞受賞の際の公演が最後となった。2018年4月没。

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  • R.I.P. ムハール・リチャード・エイブラムス

    作編曲家、エデュケイター、ピアニスト、チェリスト、クラリネット奏者。 1965年、ロスコー・ミッチェルとシカゴ・サウスサイドのブラック・コミュニティにミュージシャンによるミュージシャンのための組織AACMを立ち上げ、AEC(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)やAIRを始めその後の創造的ジャズを担う多数のミュージシャンを輩出する。自身は1977年にNYに移住、1983年にNY支部を設立。2010年、NEAジャズ・マスターに認定。

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  • R.I.P. ジョン・アバークロンビー

    1944年、NYポート・チェスターの生まれ。バークリー音学院卒。脳卒中に倒れ加療中のところ、2017年8月23日逝去。ECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーと出会い、75年『タイムレス』でECMデビュー。70年代末から3枚のアルバムを制作したR.バイラーク、G.ムラーツ、P.ドナルドを擁するオリジナル・カルテットはジャズ・フュージョンを脱し、ギター・カルテットとしてスペイシーでオープンな新しい領域を開拓したと高く評価された。ECMを創造の場とし、40数年間で50作を越える参加アルバムがある。

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  • R.I.P. ジェリ・アレン

    ジェリ・アレン:1957.6.12 デトロイト生まれ。2017.7.27 還暦まもなくガン由来の多臓器不全により逝去。現代屈指のピアニスト、コンポーザー、エデュケイター。メリー・ルー・ウィリアムスからセシル・テイラーまで古今のジャズ・ピアノに通暁。また、女流ジャズ・ミュージシャンの地位向上に尽力。直近の役職はピッツバーグ大学ジャズ科ディレクター。レギュラー・グループは、2組のトリオ(ジェリ・アレン、テリ・リン・カーリントン、エスペランサ・スポールディングとのACS、デイヴィッド・マレイ、カーリントンとのMACパワー・トリオ)。

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  • R.I.P. アーサー・ブライス

    1940年7月5日ー2017年3月27日。ロサンゼルス生まれ。70年代〜80年代に最も輝いたアルトサックス奏者の一人。ホレス・タプスコットGのメンバーとしてデビュー。70年代中期にNYに移住後、チコ・ハミルトンGを経て、ギル・エヴァンスOrch、レスター・ボウイーGを経てジャック・ディジョネットのSpecial Editionのフロントとして世界的知名度を獲得。他に、The Leaders、World Saxophone Quartetで活躍。

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  • R.I.P. ミシャ・メンゲルベルク

    ミシャ・メンゲルベルク(1935年6月5日 –2017年3月3日)ヨーロッパ・フリー第1世代を代表するミュージシャンのひとり。エリック・ドルフィー『ラスト・デイト』でレコード・レビュー。1960年代フルクサスにも参加。1967年にハン・ベニンク・ウィレム・ブロイカーと共にICP (Instant Composers Pool) を結成。デレク・ベイリー、ペーター・ブロッツマン、エヴァン・パーカー、アンソニー・ブラクストン、豊住芳三郎などと共演。ICPオーケストラを率いて、また単独で何度も来日している。

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  • R.I.P. 生悦住英夫

    生悦住英夫(いけえずみひでお)氏は、前衛音楽やサイケデリック・ロック等の代表的なレーベル、PSFレコードの主宰者で、レコードショップ「モダーンミュージック」のオーナー。PSFレコードは日本をアンダーグラウンド・レーベルとして世界的に知られており、ここでCDをリリースしたことから海外での評価に繋がったミュージシャンも多い。

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  • R.I.P. ラリー・コリエル

    Larry Coryell、1943年4月2日 - 2017年2月19日。テキサス州ガルベストン出身 ジャズとロックの融合に早くから取り組み、Godfather of Fusion(フュージョンの父)と言われる。代表的なバンドは、ランディ・ブレッカーの参加した1972年結成の「イレヴンス・ハウス」、ジョン・マクラフリン、パコ・デ・ルシアと組んだ「ザ・ギター・トリオ」(1979年)など。一方でアコースティック・ギターによるクラシック作品の演奏も多い。また、日野皓正、山下和仁、井上陽水、渡辺香津美など邦人ミュージシャンとの共演も少なくない。

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  • R.I.P. 内田修

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  • R.I.P. ルディ・ヴァン・ゲルダー

    いわゆる“ブルーノート・サウンド”あるいは広く“ジャズ・サウンド”の典型として後々までエンジニアのリファレンスとなる音を創ったルディ・ヴァン・ゲルダーを貴重な写真とインタビュー、エッセイで偲ぶ特集。

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  • R.I.P. トゥーツ・シールマンス

    ジャンゴ・ラインハルトの影響からジャズの世界に入り、ハーモニカの雄となったトゥーツ・シールマンスが天寿を全うした。貴重な写真とエッセイで故人を偲ぶ特集。

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  • R.I.P. ジェレミー・スタイグ

    『フルート・フィーヴァー』(1969/Columbia) で鮮烈なデビューを果たし、いちはやくジャズ・ロック・フュージョン・シーンをリードしたNYはヴィレッジ生まれのフルーティスト。ピッコロからバス・フルートまで、リング・モジュレータやワウワウペダルなどエフェクターまでを駆使、サウンドの多彩化に腐心した。ビル・エヴァンス・トリオとの『What's New』でしっかりジャズ界にも地歩を築いた。戯画家だった父親の血を引きペインティングやドローイングを得意とし、ジャケットのアートワークに使われた作品はアブストラクトな彼の心象風景そのまま。晩年は横浜で過ごし、日本人の妻との共同作品、デジタル・ピクチャ・ブックの開発•制作に注力した。

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  • R.I.P. ガトー・バルビエリ

    レアンドロ "ガトー” バルビエリ。1932.11.28-2016.4.02。アルゼンチン生まれのテナーサックス奏者。”ガトー”はスペイン語で「猫」の意。音楽を求めて夜な夜な街を徘徊していたことから仲間がつけたニックネーム。映画「ラスト・タンゴ・イン・パリ」やサンタナとの<哀愁のヨーロッパ>で大衆的な人気を獲得したが、70年代にはフリージャズやJCOA(マイク・マントラー、カーラ・ブレイ)などのインディ活動にも積極的な姿勢をみせた。

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  • R.I.P. ナナ・ヴァスコンセロス

    大地を歌うブラジル出身のパーカーショニスト、ナナ・ヴァスコンセロスを貴重な写真とエッセイで偲ぶ追悼特集

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  • R.I.P. プリンス

    帝王マイルス同様、世の中に媚びずに常に新しい音楽を作り出して来た殿下プリンス。2016年4月21日に突然この世を去ってしまったその波紋は想像以上に大きい。

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  • R.I.P. ポール・ブレイ

    ジャズの歴史を担うキー・ミュージシャンのひとりとして多彩な活動を展開してきたピアニスト、ポール・ブレイを貴重な写真と内外の寄稿で追悼する特集

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  • R.I.P. 冨田勲

    冨田勲。とみたいさお。 1932年4月22日〜2016年5月5日。東京都出身。慶大文学部卒。 作編曲家、シンセサイザー奏者、シンセサイザー音楽作家。作曲家としてNHK大河ドラマや手塚治虫のアニメ音楽などを制作。1971年、日本人として初めてモーグ・シンセサイザーを個人輸入、シンセ音楽に手を染め、独自の「トミタ・サウンド」の創造に邁進。1974年、第1作『月の光』がアメリカで大ヒットし日本に逆輸入。1984年、オーストリア・リンツで大イベント「トミタ・サウンド・クラウド」を初演以来、各地で世界平和をアピールしながら開催。2012年、ヴォーカロイド初音ミクと共演、晩年まで衰えぬチャレンジ精神を発揮した。

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  • R.I.P. 菊地雅章

    菊地雅章(きくち まさぶみ 1939年10月19日 - 2015年7月7日)。きくちの「ち」は「池」ではなく「地」、「雅章」は「まさあき」ではなく、「まさぶみ」。芸大付属高校、バークリー音楽院を経て、1973年、NYに移住。エリントン、モンクに私淑、ギル・エヴァンス、マイルス・デイヴィス、ポール・モチアンと音楽的親交を結ぶ。音楽にすべてをかけた数少ないミュージシャンのひとり。代表作に、『ススト』(CBS)、『サンライズ』(ECM)、『黒いオルフェ』(ECM) オフィシャル・ファン・サイト:http://goo.gl/hkJ1MW ♫ Facebook:https://goo.gl/HKBoZu

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  • R.I.P. 阿部克自

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  • R.I.P. 清水俊彦

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